旅・宿・移住

  •  PR  
2007/06/29

日本との縁の深さは太平洋諸島随一、パラオへの旅

 日本から太平洋を真っ直ぐ南に赤道近くまで、そして、西方にはフィリピン諸島南端部の島々、東方にはミクロネシア連邦を望む国にあるのが、パラオ共和国である。

 南北600キロメートルに及ぶ大海原に散りばめられた200以上の島は、そのほとんどが手付かずの無人島。最高の透明度を誇る海の風景、海面の上昇があればあっという間に水没してしまいそうだ。白砂の小島はもちろん、珊瑚の隆起と海水の浸食によってキノコ型にぽっこりと盛り上がった、このエリア特有の景観「ロックアイランド」があることも、パラオの魅力に華を添えている。

















 基本的なアクセスはグアム経由となる。ハイシーズンには、日本の主要空港からチャーター便が出ており、直行便だとわずか4時間ほどでいける。リゾートエリアとして必ずしも馴染みが深い場所ではないが、実は近いところに、こんな楽園が広がっているのである。

















 パラオは、日本海軍の戦闘機「ゼロ戦」が沈んでいる海底が人気のダイビングスポットになっている。日本の敗色極まる戦争末期、悲劇の激戦地となった歴史を持ち、その一方で、戦前の日本の統治下で地元住民と日本人との平和な日常が形成されていた。現在の人口は2万人弱、当時の人口はその6倍以上あったという。日本語がパラオ語のなかに溶け込み、今なお、気さくに日本語で挨拶してくれるご老人たちに出会えたりすると、パラオへの愛着はどんどん深まっていく。










 60年以上も前、パラオの変わらぬ美しさを伝えてくれた大作家がいる。『李陵』『山月記』などの不朽の名作を残し、33歳の若さで夭折した正統派日本文学の天才・中島敦である。国語の高校教師だった彼が、持病の治癒を兼ねて赴任したパラオ群島で、家族へ何通も手紙を書いている。それが一冊の本になった『南洋通信』は、彼独特の格式ある文体で、南国の自然、美しき文化、人々の優しい息遣いが綴られている。日本文学の最高峰に位置づけられる作家の、最高の紀行文だ。60年以上を経た今でも、何ら色褪せることなく、パラオの魅力を伝えてくれている。





この記事のトラックバックURL:

特集

何も足さない究極の「原音」に触れる 「知名御多出横」
会員登録プレゼント

新着こだわりコラム

担当ディレクターの「裏・建もの探訪」

2008/12/03 担当ディレク… 1000回…

男子厨房を愛す

2008/12/02 男子厨房を愛す 余った大根…

エクストリーム アイロニング

2008/12/02 エクストリー… 『そこにシ…

旧車キャンピングカー『旅するT-3』

2008/12/02 旧車キャンピ… タクマ、萩…

カーライフ最前線

2008/12/01 カーライフ最… クリスマス…