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2007/04/04

北海道オロロンラインの昭和初期の町並みに感動 〜アフターレース編(増毛町)

オロロンラインとは、北海道の日本海側のこと。石狩市から天塩町までの国道231号・232号線の愛称である。オロロンラインの名称の由来は、ゴール地点の羽幌町の沖合いにある天売島(てうりとう)に棲息する絶滅危惧種オロロン(ウミガラスの一種)にちなんだものである。 

まるでカナダを思い起こさせる、ダイナミックな景観。 オロロンラインの特徴は、延々と一直線に伸びる道路と北海道の勇壮な草原地帯、牧草地帯である。「日本海オロロンライントライアスロン国際大会」はこのオロロンラインに沿って、スタート地点である増毛町(ましけちょう)から始まり、留萌(るもい)、羽幌(はぼろ)、遠別(えんべつ)、天塩(てしお)、幌延(ほろのべ)と北に向かって進んでいくレースであるが、コース上に点在する街にはニシン漁で栄えた面影が残り、昭和の雰囲気・香りが多く残っていた。 

日本海オロロンライントライアスロン国際大会のカーボパーティのメニューは最高だった!
今までに色々な大会のカーボパーティを体験した。その中でもここのカーボパーティの料理は本当に凄かった!その内容はというと・・・                                             

☆”松葉がに” &”ホタテ貝”が仰山でてくる。                                 
普通のパーティだと "かにの足が2〜3本" 食べられればよい。             
それがここではガッツリ食べても、あちこちのテーブルに蟹があまっているではないか!
しかも私が出場した年はホタテ貝を会場で焼いていて、もういくつ食べたのか解らないぐらい、貝殻付のホタテに醤油をたらし…今も思い出すとヨダレが出てくる。
 
☆カーボパーティ会場となる増毛町周辺の農家で取れた新鮮なカボチャやジャガイモ。これにバターと醤油を付けて食べると最高であった。 

☆海の黄色いダイヤ "数の子"。 プリプリとして食感もよく、本当に美味しかった。

☆地元の青年や子供たちの太鼓演舞。すごい迫力である。この名演が、選手の心にいつまでも心地よい旋律として、思い出に残るのである。

この様に、日本海オロロンライントライアスロン国際大会は、地元名産物を心ゆくまで愉しむことができるなど、地元の人達のホスピタリティ溢れるおもてなしが忘れられない。
こんなオロロンラインであるが、特にスタート地点である増毛の街には、明治から昭和初期の歴史的建造物が多く残り、そこで見たモノ全てが、感動と驚きそして、まさか北の大地でこの様な、ロマン溢れる歴史的町並みと出会えるとは思ってもいなかった私に、大きな発見を与えてくれた。
よって、増毛町の町並みをもう一度見るため、レース後に改めてこの増毛の町を巡る旅を行うことにした。

明治から昭和初期の懐かしい風景が残り、タイムスリップした錯覚すら覚える〜増毛町
ここで簡単に増毛町(ましけちょう)の紹介をしておこう。
増毛町は北海道北西部、留萌支庁南部にある町。街から望む雄冬海岸と暑寒別岳が美しい。歴史は古く、町内には『北海道遺産』に選定されたレトロな建物が立ち並ぶ。また、“ボタンエビ”の漁獲高が日本一であり、“アマエビ”や“たこ”などの水揚げも多い。                                                良質の水を利用して酒造も行われており、明治時代からある『本間酒造』は、日本最北にある造り酒屋として有名である。代表銘柄は「国稀(くにまれ)」。 
日本酒が苦手な私でも、思わず「旨い!」と言ってしまうほど、飲みやすいお酒であったことを覚えている。
ちなみに町名の由来はアイヌ語の「マシュキニ」「マシュケ」(カモメの多いところ)から名づけられた、と言われているそうである。

レース翌日、筋肉痛で痛む両足を引きずりながら、増毛の町を歩いてみた。(もちろん、ガイドブックなど持たず、気の向くままに…)
歩いてみると、増毛の街には、かつてニシン漁で栄えた面影があちらこちらに残る。(当時のモノと思われる食堂の看板や、廃棄されずに放置された漁具などを多く目にすることができる。)
また、昨日までのレースの熱気が嘘のように町全体が静かだ。(増毛の人口約6,000人の内、60才以上の高齢者は約40%ほどになる。この増毛の町も高齢化という問題に直面している実態を感じた。)
この街の静けさと、明治から昭和初期の建造物が多数残る増毛の町を歩いていると、本当にタイムスリップした気持ちになる。


その中でも、哀愁ただよう増毛駅はこの寂しさが、何となくたまらない。
(上記写真。1面1線のホームを持つ、行き止まりの駅。駅員は居ない。ちなみにこの増毛駅は無人駅であるが、駅近隣の売店で入場券が販売されており、「増毛」にあやかり、頭髪の増毛を願うものが縁起を担いで当駅入場券を求める事があるそうである)
そして現在も使われている木造の増毛小学校(下写真)、それに東宝映画「駅・ステーション」(1981年公開、主演・高倉健)にも出てくる風待食堂(下写真)など町全体が昭和初期の雰囲気に包まれ、時が止まった感覚に襲われる。 
“ここで鳥丸せつ子が働いていたんだなあ…”等と回想しながら店内に入ってみると現在は、総合案内所になっていた。































もちろん私は昭和初期の時代を生きていたわけではないのだが、何となく懐かしい気持ちになってしまう自分には確実に日本人のDNAが存在するんだ、などと考えながら増毛の街をそぞろ歩きしたのを覚えている。  

この様に、訪れた土地での発見や感動を与えてくれるトライアスロン。
レースだけでなく、レース後も、開催地の人達との交流や散策、食べ歩きなど、楽しみは尽きない。

これからも私のトライアスロンレースの旅は続くのである。






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