旅・宿・移住

2007/05/12

ドラマな人たちに会える旅

世界一周クルーズの船客の平均年齢は、1回目の時には69歳、2回目が70歳だった。 
最初のとき「そこの、お若いの〜」と呼びかけられ、後を振り向いたが誰もいず、どうやらそれは自分のことを指していたのだと気づくまでに、若干時間がかかった。63歳の自分を若いとされたのである。だからといって、乗船客の殆どが高齢のリピーターだというわけではない。2度目の時には、自分よりも若いご夫妻が多く乗ってきていた。

嬉しいことに、僕の本(『思い切って世界一周 夫婦二人でクルージング』)を読んで初めての海外旅行を決めたのですよ、とか、初めての船旅を初めての世界一周としたのですよと、いうご夫妻が数組乗船されていたことだ。 「萩原さん、ですか?」にこにこしながら呼びかけたご夫婦は、僕には思い当たらない方だった。「読んだんです。で、私たち、乗ったんです!」それが何を意味するのか、知ったときには、目頭が熱くなっていた。本は分厚く重たい週刊誌サイズだったにも拘わらず、読み通してくださったのだ。そして、決心されたのだ。どれほどに面映ゆく、どれほどに嬉しかったことか……これまでにない、新しいメモリアルな3ヶ月が共有できますようにと、その夜は、妻とささやかに缶ビールと焼酎で乾杯しあい、語り明かしたほどだ。
なぜなら、僕たちも、東康生さんの『夢航海』を読んで、東さんに同じような呼びかけをしたからだ。東さんの船は、「飛鳥」だった。だが、「にっぽん丸」の乗船客が書いた本はまだ無かった。「にっぽん丸」の船内のことも知りたかった。いわゆる観光ガイドブックは多いのだが、3ヶ月に亘る船内生活を船客が書いた本はなかった。編集に1年かかった。「クルーズイヤー」キャンペーンが間近だった。その本が06年の「にっぽん丸」船内ライブラリーの棚に1冊加わっていたことは嬉しかった。国内クルーズ客の方が外洋に出るきっかけにでもなれば、また思いがけなく新しいドラマが増えていく。それが楽しみである。

肩書きを外した人たち200人とのコンタクトは、ディナータイムのテーブルで大方が始まる。入口で、レストラン・マネージャーが手際よくウエイターに指示し、左右奥のテーブルへ案内してくれる。03年次の梅北修マネージャー、06年次の平幸一マネージャー共、出航数日後で一人一人の名前が口に出る。驚くばかりの記憶力だが、それ以上に感心するのが、永年の勘だろうか、即座に頭の中のコンピューターは、人の組み合わせを演出する。そして僕たちにとっては、毎晩そのテーブルに着いたところから、初対面の挨拶がスタートする。 だから、にっぽん丸では、自分の席を固定しないのが、マナーとなっている。医者が多く乗っているのだろうとは乗船前から予測していた。シップドクター以外に、多くの専門医が乗り合わせていることで、不測の事態がハッピーエンドになったという話は尽きないようだ。しかし、なぜか、2回とも多かったのは、校長先生だった。理由は判らない。落ち着いていて穏やかで、訳知りで、笑顔が絶えない。奥様も出過ぎずご主人に添っている。考えてみれば、難しい年齢の生徒たちを諭していくのには、こういう柔和な信頼感のある方が必要なのだと実感した次第。
実直な町長さんもいた。船内では毎晩パーティがあるようで、ダンスのひとつも踊れないといけないそうだと、誰に教えられたのか、その通りに受け止めて、乗船日まで、毎週公民館で習って来たんですと話された。ダンスシューズなんか買う店は無かったですよと困っていられた。なんと答えてよいものか、戸惑ってしまったが、日に焼けたご夫妻の顔を眺めていると、抱きしめたくなるほどにその笑顔は可愛かった。元軍人だったという方は、霧に霞んだキスカ、アッツ島に向かって背筋を伸ばし、いつまでも読経されていた。
小児科の医院を閉めて乗った先生もいた。僕の服用する薬には利尿剤が入っている。バスツアー旅行の時には、困ることがある。そうしたときに、あなただけに恥をかかせませんよ、といつも僕に付き合ってくれていた優しい方だった。 糖尿病や高血圧の乗船客は当然のように多い。人工心臓が入ってるんですよと明かされても、それと全く気付かせないほど行動力があり楽しい方、人工透析中のご主人に強く勧められて一人で参加したというご婦人。乗船時に杖をついていたはずが、太平洋に出てからは、杖を忘れたように歩いている方。好きなクルーザーを手放して客船クルーズを楽しみ始めたご夫妻。ご主人が奥様に説明するために乗ったという元船乗り。海外出張の多かったご主人が住みたかった国を見せたくて私をつれだしたのよ、と嬉しそうに語る方。
寄港地で必ず胡瓜を買って、自室で酒の肴を作るキューリ夫人。ロンドンで孫に会うのよとデジカメの練習をしている若いお婆ちゃん。会社経営を終えて海外旅行はクルーズ、国内では専ら安い温泉宿探しという愉快な関西の方。仲睦まじい親孝行・子孝行の二人連れ。海外転勤中の妻に会いに行く若い男性。世界の海に愛妻の散灰をしていた方。何処の寄港地でも子供に輪の中に入って、折り紙を教えてきたよ、紙飛行機飛ばしっこしてきたよと報告してくれる人。 食事以外は別々に好きなことをしていていいのが船旅ですと旅行社に勧められて世界一周クルーズを決めたという奥様。船上で着たこのタキシードで棺桶に入ると決めた紳士。クルーズ費用はすべて銀行の預金が底をつくまでと、下船してすぐにまた乗船する元気な方。寄港地のすべての港で尺八を吹くと決めた方、3ヶ月分の朝日を撮り続けていた人、折りたたみの自転車を毎回組み立てては、自力で初めての街を見てきたあの人。

シナリオライターでなくとも、数奇なドラマが書けるほどに、全国から多士済々の筋書きを持った船客が乗り合わせている。200人いれば、200のドラマがある。間違いないことは、「金持ち」というよりも「時持ち」であることだ。乗船客に加えて、各国で活躍している日本人エンターティナーが寄港地毎にかなりの数、乗船してくる。その彼らの経歴に常人では及びもつかないドラマチックヒストリーが隠れている。ディナーの席から流れて、ネプチューンバーに繰り出せば、そこはもう予測しがたいフュージョンのセッションが聞こえてくる。落語家とカラオケになる場もあれば、ベーシストと焼酎で盛り上がることもある。翌日には、マジシャンと遺跡を歩くこともあるのだ。「高級老人ホーム」だと言いながら、思いがけない新しい出会いに、気が若くなる。


この長い船旅に留守をする我が家にとってドラマな人物は、長男だった。2003年はイラク戦争という不穏な時期の出港だったせいか、万が一のことも頭をかすめたのだろう。「会っておいて貰いたい人が居る」。彼は出発前に、こう切り出したのだ。 1ヶ月後の晴海埠頭では、新婚気分の抜けきていない次男夫婦と、長男の将来の嫁たち4人が揃って見送ってくれた。桟橋と船の両方が、満ち足りた気分で出航した。 3年が経ち、長男が父親になり、今度ドラマなことは、次男が父親になるということだ。孫の誕生メールを受け取るのは洋上になる。これで我々は、完全に子離れする。


………これまで3ヶ月間、饒舌な文章におつきあい下さいまして有り難う御座いました。 さきほど、プロムナードデッキでドラが叩かれました。ミクロネシアから南の島々、ハワイを回って帰ります。さて今回は、どんなドラマな人にお会いできるか、楽しみです。 それでは、皆様、行ってきまあ〜す!





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