旅・宿・移住

2007/02/21

退職金の投資先

「人は生まれた時から死に向かって時を刻んでいる」
いきなりこうした書き出しは、最初のコラムに相応しくないかもしれないが、僕が世界一周クルーズに乗り出した気持ちを言い表すのには、解りやすいと思う。

会社勤めと平行して、大学の非常勤講師を22年務めた。定年退職後に、別の大学で教えることになった。その直後から同級生の訃報が相次いだ。同時に僕自身に、いわゆる勤続疲労というものが現れ始めた。慢性腎炎が腎不全となってしまった。食事制限がきつくなった。人工透析に進行すれば、海外旅行は面倒になる。自由な行動には時間が足りなくなってきた。「もし時間が限られたとしたら、やり残したことはないだろうか」と自問した。手帳に書き留めていた詩の文字が、急に大きく見え始めた。

『人生の時計は、一度しかねじを巻かない。その針がいつ止まるか、遅れるか、それとも、もっと早くか、誰も知らない。今だけがあなたの時間だ。生きよ、愛せよ、心を尽くして働け。明日があると思ってはならない。なぜなら、そのとき、人生の時計は、止まっているかもしれないから。』

地球という星に生きている以上、その大きさを知っておきたいものだ。世界一周がしたい。こう思う気持ちが強くなってきた。以前、妻とは海外移住を考えたことがあった。
バンコックのホアヒンに建設中というリタイア・ヴィレッジの下見にも連れ出した。然し、透析の出来る病院は40kmと離れていたことで断念していた。海外旅行をするにも僕には、医師と食事が必要条件だった。船旅をすでに経験している妻も義妹もが言う。大型客船は揺れないし、シップドクターとシェフが乗船しているから安心だと。

自分の条件をクリアできる旅があったのだ。正直、当初は金額の大きさに躊躇した。しかし、残された人生、自分への投資をしてもいいではないか、妻への慰労をしてもいい歳だ。そう思ったら、まだ見ぬクルーズへの期待感が高まった。申し込みの電話をしていた。思い立ったら吉日という勢いだった。

受話器を置きながら、「退職金は自己投資……自己投資、自分への還付金、妻への慰労金、人生への謝礼金、二人の想い出創り……」呪文のように、自分に言い聞かせていた。
そして、もう一つの呪文があった。『ランプがまだ燃えているウチに人生を楽しみ給え、しぼまないうちにバラの花を摘みたまえ。(ヨハン・マルティン・ウステリ)』

初めての二人一緒のクルージングが、『思いきって世界一周』の船旅となった。そして、自分たちも驚いているのだが、3年後、再び世界一周クルーズに出た。投資の配当は、夫婦同志で付き合える多くの「船友」を得たことだった。
この5月、37日間の南洋クルーズに出る。サラリーマンだった我が家にこうして自分たちでも信じられないことが起きている。船旅は危ない麻薬だ。

新しい呪文は、「陸では質素に、質素に暮らそう!」。





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