海の西遊記〜地球一周の総航海距離31,342マイル(58,045Km)
読者から「なかなか船が出航しないが…」というお尋ねがありましたので今回は、全3ヶ月のクルーズを寄港地で西へ西へと辿ってみることにしました。世界地図をご用意下さい。地球儀があればベストです。そして貴方の人差し指をご用意ください。では………
最初の世界一周クルーズ2003年は、清水の舞台から飛び降りるような気分で、「思いきって」だったが、実は、「思いきって」がダブった年であった。それは、あのイラク開戦同時の出航となった事と、同時に発生したSARS事件だった。スエズ運河通航が危ぶまれるということになったのだった。
つまり、ピラミッドは見られないが、その代わりに喜望峰を回ってセントヘレナ島に寄港するという、滅多に行けないコースに秘かな期待があっての出航だった。そんな不埒な想いとは裏腹に、晴海埠頭で見送る家族は不安な顔で手を振ってくれたのだが、スエズ運河を抜けてイタリアのメッシーナ海峡に入った頃、『戦闘終結宣言』停戦となった。
2回目の2006年は横浜大桟橋からの出航だった。この年も「飛鳥」が先行し、「にっぽん丸」が後を追うことになった。モルジブ環礁は楽しみな寄港地のひとつであったが、海抜2m弱の群島が、あのスマトラ沖地震の「tsunami」で4mの大波に襲われたのだ。2003年に寄港したニューオーリンズも翌年ハリケーン被害にあっている。
伊勢湾台風の被災家族である僕にとって、海水は怖いものだと未だに思っている。その僕が友人にクルーズの旅を勧めるようになっているとは予想外である。
熟年旅行者にとって、船旅が極めて体に優しいという理由は、時差を巧くコントロールして、船内時間を毎朝30分、1時間と遅らせながらスエズ運河に向かうからだ。
地球を西へ西へと航行する。いわば、これは、現代版、海の「西遊記」である。
スエズを抜けると、あのエーゲ海クルーズが始まる。
映画やガイドブックで見た島々をキャプテンの判断で自在に回遊してくれるのだ。
やがて船はイタリアのチビタベッキア港に入る。
クルーズならではの旅に「オーバーランドツアー」というプランがある。
船が海路を航走している間に、乗客は陸路・空路で観光地を宿泊しながら、先の寄港地で合流するというもの。
前回は、スコットランドの首都エジンバラのレース港停泊中に、ゴルファー憧れのセント・アンドリュース・ホテルに泊まってプレイをする機会に恵まれたが、
今回は、ローマからトスカーナ地方フィレンツェ、リビエラとイタリアを北上してモナコで合流した。
本来、旅行費は3食、イベント、コンサートから市内中心部へのシャトルバス等々が含まれた費用で、それだけで充分船旅は楽しめる。「オーバーランドツアー」は、正直、高額オプショナルとなり、従って一航海で何度もこちらをチョイスできる人は羨ましい限りであるのだが・・・
そしてついに・・・
ピュリタンを乗せたメイフラワー号が新大陸に向かったように、
タイタニックがニューヨークを目指したように、
大西洋を渡った。
大荒れだった前回は、この気性の激しい海を越えた喜びを自分たちも共有したのだが、2回目は波も比較的穏やかで拍子抜けしたものだ。
ニューヨークからバミューダ、北米最南端のキーウエストや、ニューオーリンズ、メキシコ湾を南下してコズメルでマヤの遺跡を歩いたことなど多くの想い出を乗せながら、やがて3つ目の運河、パナマを通航してサンフランシスコからカナダのビクトリアに北上。
再びアラスカの氷河を観て驚いた。
先日アカデミー賞受賞をしたドキュメンタリー映画「不都合な真実」が地球温暖化に警鐘を鳴らしたように、3年前に比べると、見るも無惨な氷河の後退を目の当たりにしたのだ。
冷えた国にいながら、あの暑いモリジブ環礁が頭に浮かんだ。
クルーズは世界の過去の歴史を身近にしてくれただけではなく、遠くない未来をも教えてくれたと思う。
そして、 北のペトロパブロフスク・カムチャツキー港から一気に、真夏の横浜に帰国。
100泊で20ヵ国26港寄港。
地球を横に一周した総航海距離は、31,34マイル(58,045km)に及んだ。
因みに、2008年は、「ぱしふぃっくびーなす」が4月1日に、「飛鳥」が5日に、
そして「にっぽん丸」が7日に、それぞれインド洋に向かって出航。
約2000名の船客が創る、新しい海の「西遊記」が再び始まるのである。
※2003年世界一周クルーズ体験記については、『思いきって世界一周』(あいであ・らいふ社刊)をお読み下されば幸いです。
つまり、ピラミッドは見られないが、その代わりに喜望峰を回ってセントヘレナ島に寄港するという、滅多に行けないコースに秘かな期待があっての出航だった。そんな不埒な想いとは裏腹に、晴海埠頭で見送る家族は不安な顔で手を振ってくれたのだが、スエズ運河を抜けてイタリアのメッシーナ海峡に入った頃、『戦闘終結宣言』停戦となった。

2回目の2006年は横浜大桟橋からの出航だった。この年も「飛鳥」が先行し、「にっぽん丸」が後を追うことになった。モルジブ環礁は楽しみな寄港地のひとつであったが、海抜2m弱の群島が、あのスマトラ沖地震の「tsunami」で4mの大波に襲われたのだ。2003年に寄港したニューオーリンズも翌年ハリケーン被害にあっている。
伊勢湾台風の被災家族である僕にとって、海水は怖いものだと未だに思っている。その僕が友人にクルーズの旅を勧めるようになっているとは予想外である。
熟年旅行者にとって、船旅が極めて体に優しいという理由は、時差を巧くコントロールして、船内時間を毎朝30分、1時間と遅らせながらスエズ運河に向かうからだ。
地球を西へ西へと航行する。いわば、これは、現代版、海の「西遊記」である。
スエズを抜けると、あのエーゲ海クルーズが始まる。
映画やガイドブックで見た島々をキャプテンの判断で自在に回遊してくれるのだ。
やがて船はイタリアのチビタベッキア港に入る。
クルーズならではの旅に「オーバーランドツアー」というプランがある。
船が海路を航走している間に、乗客は陸路・空路で観光地を宿泊しながら、先の寄港地で合流するというもの。
前回は、スコットランドの首都エジンバラのレース港停泊中に、ゴルファー憧れのセント・アンドリュース・ホテルに泊まってプレイをする機会に恵まれたが、
今回は、ローマからトスカーナ地方フィレンツェ、リビエラとイタリアを北上してモナコで合流した。
本来、旅行費は3食、イベント、コンサートから市内中心部へのシャトルバス等々が含まれた費用で、それだけで充分船旅は楽しめる。「オーバーランドツアー」は、正直、高額オプショナルとなり、従って一航海で何度もこちらをチョイスできる人は羨ましい限りであるのだが・・・そしてついに・・・
ピュリタンを乗せたメイフラワー号が新大陸に向かったように、
タイタニックがニューヨークを目指したように、
大西洋を渡った。
大荒れだった前回は、この気性の激しい海を越えた喜びを自分たちも共有したのだが、2回目は波も比較的穏やかで拍子抜けしたものだ。
ニューヨークからバミューダ、北米最南端のキーウエストや、ニューオーリンズ、メキシコ湾を南下してコズメルでマヤの遺跡を歩いたことなど多くの想い出を乗せながら、やがて3つ目の運河、パナマを通航してサンフランシスコからカナダのビクトリアに北上。
再びアラスカの氷河を観て驚いた。
先日アカデミー賞受賞をしたドキュメンタリー映画「不都合な真実」が地球温暖化に警鐘を鳴らしたように、3年前に比べると、見るも無惨な氷河の後退を目の当たりにしたのだ。
冷えた国にいながら、あの暑いモリジブ環礁が頭に浮かんだ。クルーズは世界の過去の歴史を身近にしてくれただけではなく、遠くない未来をも教えてくれたと思う。
そして、 北のペトロパブロフスク・カムチャツキー港から一気に、真夏の横浜に帰国。
100泊で20ヵ国26港寄港。
地球を横に一周した総航海距離は、31,34マイル(58,045km)に及んだ。
因みに、2008年は、「ぱしふぃっくびーなす」が4月1日に、「飛鳥」が5日に、
そして「にっぽん丸」が7日に、それぞれインド洋に向かって出航。
約2000名の船客が創る、新しい海の「西遊記」が再び始まるのである。
※2003年世界一周クルーズ体験記については、『思いきって世界一周』(あいであ・らいふ社刊)をお読み下されば幸いです。





