沖縄のきれいに澄んだ海にマリンが還る日…
そのマリンも3年前に天国に召された。マリンと沖縄で一緒に生活できたのは1年ほどだったけど、どこに行くにもいつも一緒だった。いろんな海で一緒に泳いだし、いろんな自然ビーチで一緒に過ごしたな。東京にいる頃からマリンには悪性腫瘍があり、沖縄に来て半年ほどで大きな手術をした後は、抗がん剤治療を続けていた。抗がん剤の後遺症でつらそうだったけど、海に行こう!と誘うと、いつもシッポを大きく振ってついて来たっけ。海好き夫婦がつけた「マリン」という名前のように、海が大好きな犬だった。
マリンと最後に行った海は、読谷村の自然ビーチだった。仕事も一段落したし、急に海にでも行こうと思ったのだ。この頃のマリンは、後ろ足も引きずるようになっていて、満足に歩けない状態だった。でも僕の言った「海」という言葉に反応して、シッポを振る。「マリン、一緒に行きたいのか? 大丈夫なのか?」と言うと、さらに大きくシッポを振り続けた。
「わかったよ、じゃぁ一緒に行こうな」
その言葉に、一瞬うれしそうな表情をしたように見えた。
ビーチに着いても、自分だけでは車から下りることも、歩くこともできない。妻がマリンを抱えて、潮の引いた海に入っていく。
「マリン、気持ちいい?」と妻が言う。僕は、うれしそうに海に浸かるマリンをビデオに収めていた。それが、海が大好きだったマリンの最後の海になった。
翌朝、マリンは僕らの寝室で倒れ、そのまま起き上がれなくなった。「マリン、マリン!」と名前を呼ぶと、シッポをぱたぱたとさせる健気な姿に涙が溢れ出た。すぐに行きつけの動物病院に行くと、先生は「二、三日が峠かもしれない」という。悪性腫瘍が肺に転移していることは知っていたし、この日が来ることを二人とも覚悟はしていた。でも、あと二、三日とはあまりに早すぎる。つらかった。しかも妻は翌日から甥の結婚式をかねて、しばらく東京に行くことになっていた。
「マリンは大丈夫だよ、待っていてくれるよ」と心配顔の妻に言った言葉は、そのまま自分に向けての言葉だった。
「マリンは大丈夫! きっと大丈夫さ!」
翌朝東京に向かった妻は、結局、結婚式の後、当日の夜にとんぼ返りで沖縄に戻ってきた。一晩病院で手当をしてもらっていた。病院の方が安心なことはわかっているが、やはり最後は自宅にいさせてやりたかった。先生も、そうしてあげてください、と言ってくれた。
マリンは家に戻ってきた。寝室のいつもの場所に横たわっている。ただいつもと違うのは、酸素吸入をしていること…。それから2日後の9月29日、マリンは眠るように、静かに天国へ旅立っていった。享年12歳4ヶ月。
あれから3年、今年の命日は、マリンが大好きだった海に骨を還してあげた。きっとマリンは、沖縄のきれいな海の中でよろこんでくれているんじゃないかな。マリンと一緒に過ごした日々は、決して忘れないよ。僕らの所に来てくれて。僕らと一緒に暮らしてくれて。楽しい時間を、本当にありがとう。
これからは妹分のファルを、マリンと行けなかった所に連れていくね。お父さんとお母さん、それにやんちゃな妹ファルを天国から見守っていてよ…。





