GLAYと沖縄を結んだイイ話
1月22日。昨年11月から年をまたいだ約4ヶ月にわたって続く全国コンサート・ツアー『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR2007〜2008』で沖縄を訪れたGLAYは、この夜、エネルギーに満ちあふれたステージでウチナーンチュの心をわしづかみにした。そして公演終了後、打ち上げの席から、この信じられないようなストーリーは始まったのだった。

沖縄に移住してから、ずっと気になっている家があった。
犬の散歩で近くの公園に向かう途中に通りかかる家だった。二階建ての大きな母屋と、それに接する離れの部屋があり、冬でも開け放たれたその部屋の窓からは、いつも爆音で音楽が漏れていた。朝も、昼も、夕方も、夜も…、毎日、毎日、毎日、毎日…。部屋の前を通るたびに、いつも同じバンドの曲が聴こえていた。
GLAYの曲だった。
ときおり、一緒に歌う小さな声も聞こえてきた。男の人の声だった。ガジュマルの木陰に吹く爽やかな風にのって、その声とTERUの歌声が交じり合って、沖縄の青空に溶けていった。

どんな人なんだろう?
こんなに毎日聴いているんだから、よっぽどGLAYが好きなんだろうな。そう思いながら、3年以上の時間が経った。
今年1月22日、デビューの頃から音楽雑誌などでGLAYの取材を続けている僕は、GLAYの沖縄公演を観に行った。ライブ終了後に楽屋を訪れた時、「これから那覇で打ち上げをするから来ない?」と誘われたので行くことにした。彼らが沖縄に来た時にいつも行くという、こじんまりした沖縄居酒屋だった。GLAYの4人とスタッフなど、30名ほどで店はいっぱいになった。
楽しい食事と、楽しいお酒。その場のみんなの笑顔を見ていると、GLAYの人柄が伝わってくる。彼らは本当に仲がいいし、スタッフを大切にする人たちだ。
お店の人が三線を弾き始める。すると、TERUが「『島唄』歌いたくなったなぁ。『島唄』できますか?」とその人に尋ね、歌い始める。みんなも手拍子、指笛、そして最後は大合唱になった。そのあとで、TAKUROが「三線弾かせてください」と、三線に興味を示して、HISASHIと交互に弾き始めた。初めて手にした三線だが、けっこう琉球音楽っぽい旋律を奏でるあたりは、さすが。雰囲気でてるなぁ。





