GLAYと沖縄を結んだイイ話

「そういえば、ウチの近所にいっつもGLAYを聴いてる家があるんだよ…」
きっかけは、偶然に僕が口にしたひとことだった。
「へぇー、そうなんだ!? うれしいな」
僕の右隣りにいたTAKUROと、その隣りのTERUが同時に言った。それからその家からは毎日GLAYの曲が流れていることなどをひとしきり話し終えた時、TERUが急に思い立ったようにこう言った。「伊藤さん、その人に持ってってほしいものがあるんだけど、いい?」
マネージャー氏に紙とペンを頼んで、さらさらと何かを書き始めた。
そこにはこんな言葉が書かれていた。
『GLAYの曲達が沖縄の空に響いてるという話を聞き、君にGLAYからサプライズ。これからもGLAYの音楽を愛してください。 2008.1.22コンベンションセンターでのLIVE後にこのメッセージを書いてます。又、沖縄に来るね』

それからTERUはほかのメンバーにもまわすと、全員がサインとメッセージを書き込む。さらに一番新しいCD『Ashes EP』を持ってきて、「これも一緒に渡してほしいんだ」。
実は、ここ最近、部屋からGLAYの曲が聴こえていなかった。
どこか旅行にでも行っているのかな。もしかしたら県外の大学に受かって出ちゃったのかなとか、いろいろなことが頭を巡った。音楽が聴こえた時に持っていこう、と思いながら、ひとつき近く経ってしまった。
このまま時間が経ってしまうと、GLAYの想いが薄れてしまいそうな気がしたので、意を決して持っていくことにした。どういうふうに説明すればいいんだろう。いきなり持っていっても信じてもらえるかな。怪しまれるだけじゃないだろうか…。
いや、GLAYのメンバーの想いをありのまま伝えればいいんだと思って、ドアのチャイムを鳴らした。
お父さんが出てきてくれた。話をした。そして、いろいろなことを知った。 GLAYの曲を聴いているのは、息子さんだということ。本人は統合失調症という心の病で通院中だということ。5年ほど本土で勤めている時に発症し、沖縄の実家に戻ってからは部屋にこもりっきりだということ。GLAYの曲を聴くことだけが唯一の救いであり、楽しみなようで、1日中聴いているのだと、お父さんは話してくれた。
そして、あまりに爆音で聴いていたために、近所から苦情が出て、今は小さい音にしたので部屋の外に曲が漏れていなかったのだろう、と言葉を続けた。
調子がいい日と悪い日の波があるとお父さんが言うので、この日はそのまま会わずに帰ろうと思っていた時に、本人が出てきてくれた。きっと家の中で話を聞いていたのだろう。GLAYのメンバーからメッセージとCDを託された経緯などをちゃんと話してから、本人に手渡した。お父さんは、「息子はいつもほとんど感情を表に出すことがない」と言っていたが、CDを手にして、じっとメッセージを読んでから、彼は自分の部屋に走っていった。きっとすぐに聴きに行ったのだと思う。
心の病は、ほんの些細な出来事でいい方向に向かうときく。この日まで彼の病いのことは知らなかったが、彼の一瞬見せたうれしそうな表情に触れて、今あらためてTERUの行動力に感謝したい気持ちでいっぱいになった。きっとそれはお父さんも同じ気持ちだと思う。突然の話に驚かれたとは思うけれど、お父さんもとても喜んでくれていたからだ。
それから数日後、部屋からは手渡した『Ashes EP』の曲が流れていた。
GLAYの想いが直接届けられて、本当によかった。今は、心からそう思う。





