HYが母校の小学校で1日講師をつとめたという、ココロあたたまる話

給食のあとは、4年生によるパフォーマンスタイムだ。学芸会で披露した演目を、HYに見てもらおうと練習したのだという。男子による棒術。「ソーラン節」に合わせての創作ダンス。男女の棒術と、次々と披露されていく。最後は、先生の太鼓で、男女が「肝高の阿麻和利」をモチーフにしたダンスを踊る。みんな真剣な表情だ。太鼓に合わせて、新里の足がリズムをとっている。
〈ワッターシンカー(僕らの仲間)〉という言葉も歌に出てくる。そう、06年のHY全都道府県ツアー・タイトルにもなっていた、あの言葉だ。そうか、あれは15世紀の地元の名士、勝連城主の阿麻和利の歌の中で歌われていた言葉だったのか、と妙に納得していた。
踊りが終わった瞬間、メンバーからの拍手と新里の指笛が生徒たちに向けられる。緊張していた顔が、ほっとした子供の表情に戻る。みんな、よく頑張ったね。HYのメンバーの笑顔がそう語っていた。
ここからは生徒たちからHYへの質問タイムだ。
「HYに何か聞いてみたい人、手を上げて!」
ハイ、ハイ、ハイ…生徒たちの手が一斉に上がる。みんなどんなことを聞きたいんだろう? こちらも興味津々だった。
「小学生の時は何をやってましたか?」と男の子。小学生らしい素朴な質問だ。
「3年からバスケ部やってました」(新里)
「ウーマクー(ワンパク坊主)だったわけさ。休み時間はいつも運動場で遊んでました」(名嘉 俊)
「恥ずかしがりやだったので、放課後、音楽室でひとりでピアノを弾いてました」(仲宗根 泉)
「みなさんの頃には野球やってました。よく先生に怒られてました(笑)」(許田)
「3年生からサッカーに夢中でした」(宮里)
ほかにも「なんでHYなの?」や「好きな食べ物は?」、「好きな教科は?」や「動物は何を飼ってますか?」というかわいい質問もあれば、「なんでテレビに出ないんですか?」というものも。思わず「するどい質問だな(笑)」と宮里がささやく場面もあった。
「どうしてバンドを始めたんですか?」に、新里は丁寧に答えを返していた。
「悠平とはこの与那城小学校の3年から友達で。6年の頃に悠平がギターを始めて。教えてって言って、自分も中学からギターを弾き始めたんですね。それで高校で信介とIZU(仲宗根)に出逢って。で、俊とはいとこ同士。だから仲のいい友達が集まってバンドを始めたという感じかな」
「沖縄のいいところはどこだと思いますか?」という質問には…。
「人が優しいところ。自然がとってもきれいなところ」(新里)
「私は沖縄の海が好き。星がきれいなところも好き。みんなにはこのきれいな星と海をずっと守っていってほしいなって思う」(仲宗根)
「自分は海中道路が好きで、風がない日とか月を見に行ったりするんさ。でもそこにゴミが目立ってて。みんながゴミを拾って帰れば、きっといいことがある。一日一善さーね。自慢できるような街にしてほしいなって思います」(名嘉)
そして最後に、みんなで「ホワイトビーチ」を歌ってHYの特別授業は終わったのだった。

HYに「そこにあるべきではないもの」という曲がある。今から4年前、アルバム『TRUNK』収録のこの曲は、彼らの愛する沖縄の現状(ゴミ問題など)をウチナーンチュならではの視線で描いたHYからのメッセージだった。今、なんとかしなければ美しい沖縄の自然が壊れてしまう。そんな危機感が曲になり、自ら歌い続けることで問題意識を高め、広めていった、そんな曲だった。
今、子供たちに伝えるべきもの。それは、仲宗根の「きれいな星と海をずっと守っていってほしい」という言葉に集約されていると思う。
美しい海、豊かな自然に恵まれた沖縄を子供たちの世代へと残していきたい。子供たちも、その想いをいつまでも受け継いでいってほしい、という願いをこめて…。





