忘れられないビール酒場 その2
海辺に長いバルコニーが幾つか突き出ていた。ヴィデオをズームにして船着き場を見る。2階建ての白い建物が写り、ボンヤリと壁に文字が浮かんできた。GLENEAGLES BAR と見える。途端、フイに目頭が熱くなり、不覚にもファインダーが霞んでしまった。
キッカケは居酒屋のカウンターだった。話題はA・J・クィネル作の冒険小説「パーフェクト・キル」。
主人公クリーシーの住むゴッツオ島が実在するのか、というのが話題にのぼったのであった。私は、ミステリを読む際には、必ず世界地図を脇に置くのを常としているので、処女作「燃える男」以来、この島がマルタ共和国の1島として実在するのは知っていた。
その夜の相方、近藤氏が突然言った。「ゴッツオってあるの?」
「ある」、「どこに?」
「地中海、シチリアの下」、 「ヘー。ゴッツオっていいな。グレンイーグル、『谷間の鷲酒場』だよな」
「ビールは、ブルーラベルだな」、「飲みたいネ、そのビール」
「飲みたいね」「イイナー、その島」
「マルタの一部なんだ」、 「マルタか。いってみたいな」
「いこうよ」、 「いくか」
キッカケはコレだったのである。
残念なことに当時、日本で流布している旅行本にマルタ共和国に関する資料はほとんど無かった。 業界最大大手の冊子にもマルタに関する記述はわずか1ページのみだった。その意味でクイネルのクリーシー・シリーズ4冊が、マルタ特にゴッツオ島に関する唯一のものだった。作者のこの島にたいする愛情故だろうか、その記述は資料として正確で充実したものだった。私はマルタやゴッツオで、クリーシーの影を追い、彼の足跡を辿る旅を続けたようなものだったのである。
マルタからゴッツオに渡るフェリーはムジャールの波止場に入る。海辺に長いバルコニーが幾つか突き出ていた。私はヴィデオ・カメラをズームにして船着き場を見る。2階建ての白い建物が写り、ボンヤリと壁に文字が浮かんできた。まさか。私にはそれがGLENEAGLES BAR と見える。何度、目をこらしてもそれは「谷間の鷲酒場」と読める。途端、フイに目頭が熱くなり、不覚にもファインダーが霞んでしまった。
事前にマルタ及びゴッツオ島の地図を買って調べてあったから、クリーシー・シリーズに登場する印象的なレストラン、タ・チェンク、ラバトの古代要塞。ナドール村もロレト聖母教会も実際にあるのは知っていた。またマルタ島ヴァレッタには、マイケルが訓練に通うセント・エルモ砦、飲み屋横丁と呼ばれるストレイト通り、レオーニが泊まったサリナ湾のサンクレスト・ホテルも実在することは知っていた。
が、しかし、である。よもやクリーシー・シリーズの核とも言うべき「谷間の鷲」が小説そのままに実在するとは思いもよらなかったのである。朝10時半を過ぎたばかりなので、当然酒場はクローズしている。
昼食は当然タ・チェンク。クリーシーお薦めのイタ飯屋だ。彼の愛飲の辛口白ワインと海の幸を食す。予想を上回る美味に感心。レオーネらが食事する庭園のサイカチの巨木も物語そのままに豊かな枝を広げていた。
3時を回ったのでもう開店しただろうと判断し、タクシーで「谷間の鷲」に向かう。開いている。胸が高鳴る。入るとすぐ左に店の幅半分ほどのカウンター。壁に張り付いたベンチにテーブルが3つ。既に地元の人達が6、7人飲んでいる。カウンターの中に野球帽のガッチリ丸い短躯の50才位の男がグラスを磨いている。“ブルー・ラベルの1パイント”を注文。こいつをクリーシーは3杯飲むのだ。たちまち1杯空く。持参した『パーフェクト・キル』の英語版を取り出し、バーテンに見せる。
主人公クリーシーの住むゴッツオ島が実在するのか、というのが話題にのぼったのであった。私は、ミステリを読む際には、必ず世界地図を脇に置くのを常としているので、処女作「燃える男」以来、この島がマルタ共和国の1島として実在するのは知っていた。
その夜の相方、近藤氏が突然言った。「ゴッツオってあるの?」
「ある」、「どこに?」
「地中海、シチリアの下」、 「ヘー。ゴッツオっていいな。グレンイーグル、『谷間の鷲酒場』だよな」
「ビールは、ブルーラベルだな」、「飲みたいネ、そのビール」
「飲みたいね」「イイナー、その島」
「マルタの一部なんだ」、 「マルタか。いってみたいな」

「いこうよ」、 「いくか」
キッカケはコレだったのである。
残念なことに当時、日本で流布している旅行本にマルタ共和国に関する資料はほとんど無かった。 業界最大大手の冊子にもマルタに関する記述はわずか1ページのみだった。その意味でクイネルのクリーシー・シリーズ4冊が、マルタ特にゴッツオ島に関する唯一のものだった。作者のこの島にたいする愛情故だろうか、その記述は資料として正確で充実したものだった。私はマルタやゴッツオで、クリーシーの影を追い、彼の足跡を辿る旅を続けたようなものだったのである。
マルタからゴッツオに渡るフェリーはムジャールの波止場に入る。海辺に長いバルコニーが幾つか突き出ていた。私はヴィデオ・カメラをズームにして船着き場を見る。2階建ての白い建物が写り、ボンヤリと壁に文字が浮かんできた。まさか。私にはそれがGLENEAGLES BAR と見える。何度、目をこらしてもそれは「谷間の鷲酒場」と読める。途端、フイに目頭が熱くなり、不覚にもファインダーが霞んでしまった。
事前にマルタ及びゴッツオ島の地図を買って調べてあったから、クリーシー・シリーズに登場する印象的なレストラン、タ・チェンク、ラバトの古代要塞。ナドール村もロレト聖母教会も実際にあるのは知っていた。またマルタ島ヴァレッタには、マイケルが訓練に通うセント・エルモ砦、飲み屋横丁と呼ばれるストレイト通り、レオーニが泊まったサリナ湾のサンクレスト・ホテルも実在することは知っていた。

が、しかし、である。よもやクリーシー・シリーズの核とも言うべき「谷間の鷲」が小説そのままに実在するとは思いもよらなかったのである。朝10時半を過ぎたばかりなので、当然酒場はクローズしている。
昼食は当然タ・チェンク。クリーシーお薦めのイタ飯屋だ。彼の愛飲の辛口白ワインと海の幸を食す。予想を上回る美味に感心。レオーネらが食事する庭園のサイカチの巨木も物語そのままに豊かな枝を広げていた。
3時を回ったのでもう開店しただろうと判断し、タクシーで「谷間の鷲」に向かう。開いている。胸が高鳴る。入るとすぐ左に店の幅半分ほどのカウンター。壁に張り付いたベンチにテーブルが3つ。既に地元の人達が6、7人飲んでいる。カウンターの中に野球帽のガッチリ丸い短躯の50才位の男がグラスを磨いている。“ブルー・ラベルの1パイント”を注文。こいつをクリーシーは3杯飲むのだ。たちまち1杯空く。持参した『パーフェクト・キル』の英語版を取り出し、バーテンに見せる。





