忘れられないビール酒場 その2
「これに出ているトニー?」と聞くと少しテレてうなずく。店の常連は私たちのやり取りを見てニコニコ笑っている。全く予想していなかった訳じゃない。ひょっとしたらいう気もあった。その軽い反応に私はスツールから落ちそうになった。
しばらく談笑していると、トニーが「今日も彼がくるよ」と言う。
「彼って?」、「彼」
「本当?」、「本当」
「何時?」、「いつも5時か6時」
当初思いもしない、夢を見ているような展開になってきた。信じがたい気持ちで私たちは待った。ブルー・ラベルをもう1杯追加だ。
5時丁度に黒い“スズキのジープ”が店の前に止まるのが窓越しに見えた。60才がらみの白人。身長6フィート余。ベージュのジャンパーにブルーのボタン・ダウン・シャツ。オリーブグリーンのパンツにデザート・ブーツ。太っているというより、ガッシリとした体型。ほぼ白髪に近い濃い短髪。一見厳しいが冷酷な表情ではない。
私は夢ごこちで「彼」と乾杯した。このために用意していたのではないのだが、既訳のクリーシー・シリーズ4冊のノートを開き、早速質問の嵐を浴びせてしまった。
彼は全ての質問に、彼は苦笑を交えて簡潔かつ丁寧に答えてくれた。ブルー・ラベルも2杯御馳走になった。一緒に記念撮影をした。本にサインももらった。店がだんだん混んで来て盛り上がっていく。シリーズに登場する“シェンブリ農場のジョーイ”も飲みにやってきた。交替時刻とみえ、“トニーの弟、階下のレストランのコック、サルブー”がカウンターの中に入った。状況的にクリーシーの小説世界の真っ只中にいる感じだ。私たちだけが違う惑星からきたかのよう。
「ゴッツォ島には、階層がない。・・・・鼻を高くするのはゴッツォでは最大の罪悪だ。それは傲慢ということと同列に並べられる。・・・・ゴッツオの連中は世界でも屈指の友好的で愛想の良い人達だ。質素な暮らしをしていて極めて信心深く(95%の住民が教会へ行く)大家族主義だ。男たちは大いに飲み、動いている鳥や兎ならなんでも撃つ。この島にやってくる外国人の大半はたいていここが好きになり、何度を訪れることになる・・・・」等などほとんど暗記してしまった、クィネルの文章が私の頭の中に浮かんでは消え、胸を去来する。酔ってしまったのかもしれない。
我に帰って、時計をみるともうじき6時。フェリーの時間だ。彼にその旨を伝えると波止場まで送るという。1ポンド(約300円)足らずの勘定を済ませて、後ろから付いていくと、彼は“足の外側を最初に地面につける奇妙な歩き方”で前を歩いている。想像のスクリーンに写った姿そのもの。既視感にも似た感慨にとらわれ私は天を仰いでしまう。 上船の時間になった。堅く握手して別れた。再会を約束する。再び酒場へ戻る夕暮れ時の後姿はまさしくクリーシーだった。
“クリーシー、あんたがそこにいるだけで、だれかが影響を受ける。他人に影響を与えないで生きていくなんて望めはしない” まさに、である。
残念ながら作家の希望で写真は公表できない。特に厳重に自身の身辺をガードし、堅くベールでおおっているようには思えなかったが、なんといっても国際的に著名な匿名作家だ。本邦での過去の情報では、ある有名作家のペンネームとも、またさる国の元情報機関員説や元歴戦の傭兵説もあった。ともあれ、クイネルをめぐる作家像は私たちにとって闇に包まれていたのである。
しかし今回の予測もしなかったクイネル氏遭遇により、私の心中ではぶ厚い雲から一点、陽光がのぞき、やがてその彼方に青空が広がりつつあるような印象も受けた。
以上がマルタ共和国ゴッツォ島、電撃的クィネル氏遭遇事件のおおまかな顛末である。
“ウオーモ”、また来年会いましょう。

と、ミステリ・マガジン誌上に以上のようなコラムを書いて、私は一躍「クイネルを発見した男」となった。やがて、クイネルは、ある雑誌上で匿名作家としてのベールを脱いだのは、その筋には周知の事実である。そのクイネルも今や鬼籍の人となった。
・・・もう、そろそろいいかな。ビール酒場を巡る旅を、ひとまず終わりにしようと思うのも、私としては自然な結末、自明な流れだったようだ。
しばらく談笑していると、トニーが「今日も彼がくるよ」と言う。
「彼って?」、「彼」
「本当?」、「本当」
「何時?」、「いつも5時か6時」
当初思いもしない、夢を見ているような展開になってきた。信じがたい気持ちで私たちは待った。ブルー・ラベルをもう1杯追加だ。

5時丁度に黒い“スズキのジープ”が店の前に止まるのが窓越しに見えた。60才がらみの白人。身長6フィート余。ベージュのジャンパーにブルーのボタン・ダウン・シャツ。オリーブグリーンのパンツにデザート・ブーツ。太っているというより、ガッシリとした体型。ほぼ白髪に近い濃い短髪。一見厳しいが冷酷な表情ではない。
私は夢ごこちで「彼」と乾杯した。このために用意していたのではないのだが、既訳のクリーシー・シリーズ4冊のノートを開き、早速質問の嵐を浴びせてしまった。
彼は全ての質問に、彼は苦笑を交えて簡潔かつ丁寧に答えてくれた。ブルー・ラベルも2杯御馳走になった。一緒に記念撮影をした。本にサインももらった。店がだんだん混んで来て盛り上がっていく。シリーズに登場する“シェンブリ農場のジョーイ”も飲みにやってきた。交替時刻とみえ、“トニーの弟、階下のレストランのコック、サルブー”がカウンターの中に入った。状況的にクリーシーの小説世界の真っ只中にいる感じだ。私たちだけが違う惑星からきたかのよう。
「ゴッツォ島には、階層がない。・・・・鼻を高くするのはゴッツォでは最大の罪悪だ。それは傲慢ということと同列に並べられる。・・・・ゴッツオの連中は世界でも屈指の友好的で愛想の良い人達だ。質素な暮らしをしていて極めて信心深く(95%の住民が教会へ行く)大家族主義だ。男たちは大いに飲み、動いている鳥や兎ならなんでも撃つ。この島にやってくる外国人の大半はたいていここが好きになり、何度を訪れることになる・・・・」等などほとんど暗記してしまった、クィネルの文章が私の頭の中に浮かんでは消え、胸を去来する。酔ってしまったのかもしれない。
我に帰って、時計をみるともうじき6時。フェリーの時間だ。彼にその旨を伝えると波止場まで送るという。1ポンド(約300円)足らずの勘定を済ませて、後ろから付いていくと、彼は“足の外側を最初に地面につける奇妙な歩き方”で前を歩いている。想像のスクリーンに写った姿そのもの。既視感にも似た感慨にとらわれ私は天を仰いでしまう。 上船の時間になった。堅く握手して別れた。再会を約束する。再び酒場へ戻る夕暮れ時の後姿はまさしくクリーシーだった。
“クリーシー、あんたがそこにいるだけで、だれかが影響を受ける。他人に影響を与えないで生きていくなんて望めはしない” まさに、である。
残念ながら作家の希望で写真は公表できない。特に厳重に自身の身辺をガードし、堅くベールでおおっているようには思えなかったが、なんといっても国際的に著名な匿名作家だ。本邦での過去の情報では、ある有名作家のペンネームとも、またさる国の元情報機関員説や元歴戦の傭兵説もあった。ともあれ、クイネルをめぐる作家像は私たちにとって闇に包まれていたのである。
しかし今回の予測もしなかったクイネル氏遭遇により、私の心中ではぶ厚い雲から一点、陽光がのぞき、やがてその彼方に青空が広がりつつあるような印象も受けた。
以上がマルタ共和国ゴッツォ島、電撃的クィネル氏遭遇事件のおおまかな顛末である。
“ウオーモ”、また来年会いましょう。

と、ミステリ・マガジン誌上に以上のようなコラムを書いて、私は一躍「クイネルを発見した男」となった。やがて、クイネルは、ある雑誌上で匿名作家としてのベールを脱いだのは、その筋には周知の事実である。そのクイネルも今や鬼籍の人となった。
・・・もう、そろそろいいかな。ビール酒場を巡る旅を、ひとまず終わりにしようと思うのも、私としては自然な結末、自明な流れだったようだ。





