旅・宿・移住

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2008/03/25

オーストラリア、ニュージーランド編

至福の日々だった。晴れ渡る碧空のごとき、屈託のない酔いどれの夜。
黄金色に輝く、カラメルの効いた、バランスのとれたビターネス。
南の国々のビールも捨てがたい。思い返せば、今晩も飲みたい。出来ることなら、二いや、三杯。

私は断固、シリアスなビア・ラヴァーである。発泡酒やビールもどきは一切飲まない。
瓶や缶もいいが、やはりビールは生だ。
メジャーな豪州ビールはこれまで泳ぐほど飲んでいる。しかし、目指すのはローカルな滋味豊かな純粋なビールだ。
一ケ月の予定でシドニーを出発する前に私たちは、市内のビール専門店で50数本の地ビールを仕入れていた。これは大成功だった。私は、店員が薦める地ビールをただひたすら買い求めただけだったのだが、この無頓着さが幸いしたのだ。
私はオーストラリアのビール、特に地ビールに期待は無かった。土地土地に旨いビールや優れたマイクロ・ブリュワリーがいくつかあるだろうが、その数は必ずしも多くはない、と過去の経験から判断していたのだ。
ところがだ、この若い店員が薦めたビールには、シブク優れたものが多かった。そして、それらの多くがヴィクトリア州、なかんづくメルボルン周辺の醸造所だった。

3日後、明日はアデレードという午後、私たちはミルデユーラMILDURA(この街は、ヴィクトリア州の北部にある)という町で昼食を取ることにした。目ざとい私は街の入り口で、BREWERIESという文字を見逃さなかった。探すと、商店街の一角にそのビール屋があった。
予感がした。その店の清潔さ。抑えめにジャズが流れる店内。働く従業員の快活さ。飲む前から判った。ここはいい。
最初の1杯がHONEY WHEAT。文字通りハチミツの味と香りがする小麦ビールだ。しかし、ビールそのものの甘さはない。旨い。
次はラガー。いい喉ごしと香り。続いてMALLEE BULLと称するスタウト。これもいい。ビーフにも、イカのフライにも合う。
夢中になってしまった私は、全種6本とTシャツ2枚、キャップ1つ買って、酔眼もうろうでアデレードに出発したものでした。

途中、立ち寄ったインフォメーションにあった冊子は貴重だった。
THE BEER LOVERS GUIDE TO VICTORIAS MICROBREWERIES。第2版である。私たちのビクトリア州でのビール紀行は、この冊子を道案内にして始まったからだ。ガイドによれば「ヴィクトリアはオーストラリアの醸造の中心である」と言う。また、周知のとおり、例年の「オーストラリア国際ビール大賞」や、さらには「オータム・ビア・フェスティヴァル」も開催されていて、北部の街、バララット大学には国内唯一のビール醸造課程があるということだ。
しかし、そんなことァ、どうでもいい。私にとって大事なのは、ビールそのもの。つまりそのフレイバーとテイストが肝心だ。
さて、冊子には20社以上の会社が紹介されていて、愛情を込めて、これらのビールは「クラフトビール」と呼ばれていた。
ミルデユーラは既に紹介した。以降では、私たちが現地で実際に訪れた会社或いは工場を順にお知らせする。
まず、サウス・メルボルンにあるBELLS HOTEL AND BREWERY。
創立は1984年。外見はそっけもない普通の大きめなホテル。しかし、中は豪華だ。ホテル施設の他に、レストラン、醸造所、バー、ラウンジがある。
私が訪れた時は、たまたまシドニー・スワンズのフットボールの試合が放映されていて、熱狂的なフアンでラウンジは騒然としていた。私が飲んだのはHELLSとBLACK BAN BITTER。ヘルズは特色の稀薄なものだったが、ビターズは優良品。日曜日の午後だったので、店員の怠惰な対応が不満足だったけれどね。
次は、GUNN ISLAND BREWBARへ行く。
メルボルン市内から、南方向のセント・キルダに向かったやや郊外。
ここも2階以上は宿になっていて店舗は1階。ファクトリーも店内奥。醸造されているビールの種類は少なく、私が飲めたのは、ペール・エールとアンバー・エ−ルの2種。
どちらも丁寧に造られたクリーンなビールだったが、私の嗜好としては、ややフレイバーが欠けている。
続いて、グレート・オーシャン・ロードの入り口、ジーロングGEELONGにあるSCOTTISH CHIEFS TAVERN。
ここは場所がわかりにくい。やむを得ず、休憩中の警官に道を聞いた。丁寧に道を教えてくれたが、「飲むなよ」と釘を刺された。私は「いや妻が運転するから」と切り返したら、ウインクで相手は答えたっけ。
店に入ったら、いきなり初老の男性が登場する。これがケンと名乗るオーナーだった。
生(タップ)はアンバーとペールエールとスタウトの3種。どれもが秀逸。
ケン曰く「儲からないさ。損は出していないけど、まずまずかな」と苦笑しながら、瓶詰のビールをプレゼントしてくれた。いい人なんだ。私はここでの宿泊も考えたくらいだった。
メルボルン市内もいくつか紹介する。
その筆頭は、ST.ARNOUだろう。
その理由は製造しているビールがベルギー風であること。これは素晴らしいことだ。アメリカでは、西海岸と東海岸にいくつかあったけど、本国以外でベルギー風なビールを造って成功している実例は多くないはずだ。開設は2001年。
時間の制約があって、飲んだのはブロンドとST.CLOUDというダークビアだった。どちらも水準以上で、昼日中に屋外のテラスで、食事をしながら、このブロンドのグラスを5杯もお代わりしている、サングラスの中年オヤジ達が、私はなんとも羨ましかった。
THREE DEGREES BARはどうだ。
ここはQV SQUAREの一角にあって、一見ただのカフェなのだが、1種類だけ、クラフトビールが置いてある。それがウィーン・スタイルのラガー。私は、かつて飲んだウィーンの風味を感じたし、豊かな香りはどこか、ケルンのキルシュにも似た味だった。
参考までに、ここのビールの醸造者はSAM FUSSといって、先ほどのGUNN ISLANDと同一人物。 店が変われば、同じ趣向のビールは出さないという見識は立派なものだ。
スコテッシュ・タヴァーンのケンに進められて行ったのが、JAMES SQUIRE BREW。ここのビールはボトルで数種を既に飲んでいて、実はあまり感心していなかった。生ならば、と勇んでみたが、やはりピンとこない。原因はテイストではなくフレイバー。私にはどうもこの手の香りが苦手なんだ。数種ある生はどれもが味は水準以上。特にポートランドというエール、CRAICといスタウトは、優れたビールだと思った。

宿泊していたモーテルに一番近いファクトリーが、マウンテン・ゴートMOUNTAIN GOATだった。ここも実にわかりにくい工場街にある。しかも看板等の表示がほとんどない。あるのは、奥に引っ込んだドアに、へたくそにペンキで書かれたGOATすなわち山羊のイラスト。当方の突然の来訪に対応した女性は驚いたようだった。ここのビールもすでに何種類かは、ボトルで飲んでいたから、特にIPAが好きだと言ったら、ボトルを2本プレゼントしてくれた。ここでもTシャツを2枚購入。
創業者はデイブ・ボナイトン。90年代半ばに、彼の趣味から始めたビール造りだが、現在はメルボルン郊外のリッチモンドで操業中。毎週金曜日には、工場を一般開放して、パブになる模様。「金曜日以外でも、どうしても生が飲みたい」と言うと、サムという女性が近くのホテルを教えてくれた。

メルボルンから、シドニーに戻る途中訪れたのが、BOORHAMANにあるBUFFALO BREW。ここは朝10時からの営業とあるので、15分過ぎにドアを叩いたが誰も応答しない。やむを得ず、ウラに回って裏口から工場を勝手に見学していたら、「ギャー」という絶叫。「ここは私の家よ」と中年の女性に怒鳴られた。
入り口を開けて貰い、6本で20ドルの各種パックと15ドルの帽子まで買ったのに、一向にマダムの機嫌は直らない。醸造者と話せればと思ったのだが、次もあるので出発せざるを得なかった。
向かった先がそこから20キロほど離れた、RUTHERGLENにある、BINTARA BREW。ここはワイナリーがメインのようで、ビール工場も小さくはないのだが、やや見劣りがする。気のせいか4種あるビールもなんだか気迫が伝わってこない。壁に掛かっているTシャツは悪趣味だ。4種をテイステングして、小麦とペールエールの2本だけ買って帰路についた。
工場へは行かなかったが、ビールそのものが素晴らしかったのが、JAMIESON BREWとHOLGATE BREWHOUSE、BEECHWORTH BREWの3社。
特にジェイミソンとホルゲイトは、道中にあれば、必ず立ち寄ってみたい優良なクラフトビールだった。前者は4種あるビール全てが香り高く滋味深いビールで、この国屈指の水準だった。後者も特出する個性はないものの、6種飲んだ全てのボトルが期待以上でマイクロならではの矜持を誇っていた。私が好んだのは特にエールとビターだった。
最後に。
HEALESVILLEという小さな町にある、BUCKLEYS BEERSは素晴らしい。実はヴィクトリア州で2番目に訪ねたのが、このビール会社だった。
お世辞にも綺麗とは言えない町はずれのロケーションにあって、看板は全く出ていないし、場所だって、自動車整備工場の真裏にあり、大きな犬はウロウロしていて、一般人がふいに訪ねていける状況ではなかった。
醸造所は小さな体育館程度。ノックしたら、出てきたのが20代の女性。私が来意を伝えると奥から中年の男性が出てきた。年はほぼ私と同じ50代。クシャクシャのボタンダウンに膝の抜けたコーデュロイのジーンズ。
「日本から来た、ビール好きです」と言うと、両手で握手を求めてきた。
男の名はピーター・フロランス。
「工場を見てもいいかい」、「勿論」と隅から隅まで案内してくれる。
社員数は5人。3人はパートタイムだという。てことは、先ほどの娘との2人で経営じゃないの。帰りには、2本のビールのプレゼントを受けた。
「原稿が出来たら、送ってくれないか」、「でも日本語だよ」
「かまわないさ」、「オーカイ」
そうやって、簡単に返答した私が、今こうやって原稿を書いている。
その書くというモチベーションの根っこは、あの小さな慎ましいビール工場に繋がっている。冷えていたにも関わらず、バックリーズのビールは、なんだかほんのり暖かな味わいがした。





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