旅・宿・移住

2008/03/13

ホテルオークラ東京

ホテルオークラ東京のロビーほど、その空間に身を置いて、ゆったりとした椅子に身をゆだねるだけで、心安らぐロビーはないのではないでしょうか。都会の真ん中にありながら、周囲の喧騒から一線を画し、静謐で無駄のない上質な空間。吹き抜けの広々とした空間に点在する丸テーブル。その周りには椅子が等間隔に配されて梅の花を表現しています。天井からは古代の首飾りをモチーフにした和風の照明がいくつも吊るされ和空間を演出しています。時代とともにデザインの流行は移り変わりますが、ここだけはスタイルを変えず、伝統と文化と格式を固持しています。

1962年の開業時に造られた谷口吉郎氏設計のこのロビーこそ、日本を代表するホテルブランドであるホテルオークラの真骨頂であり、オークラの象徴といえると思います。

ホテルオークラは、「帝国ホテルに並ぶ国際ホテルをつくりたい」という夢を抱いていた大倉喜七郎と、商社マンとして名を馳せていた野田岩次郎の二人三脚で誕生しました。土地は、大倉喜七郎が自邸の敷地を提供しました。「遥か日本まできていただいた外国のお客様に、日本の伝統・風土の中でくつろいで頂く」をコンセプトに開業しました。そして、その精神のとおり、ホテルオークラは外国人が最も日本を感じる国際級ホテルとなり、45年以上たつ今でも品格と日本人のハイレベルなホスピタリティを維持しています。



大倉喜七郎(1882〜1963年)は、大倉財閥創始者の大倉喜八郎を父に持つ富豪です。父の事業を引き継いで後の発展に努めましたが、戦後の公職追放、財閥解体などの難局に直面。喜八郎がキーパーソンとなって創設された帝国ホテルの経営権も奪われてしまいました。喜七郎がホテルオークラを開業させた背景には、帝国ホテルを離れた喜七郎が「復権」を約束していたにもかかわらず、当時の支配人であった犬丸徹三がオーナーに金井寛人を迎えてしまったことへの怒りがあったという説が残っています。ホテルオークラは、なにかと帝国ホテルをいい意味でライバル視しているようですが、その歴史は誕生したときから始まっているのでした。





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