パークハイアット東京
新宿駅地下街の喧騒を抜け、タクシーを拾って進むこと5分。都庁裏の新宿パークタワーのスロープを登ったところでタクシーを降りる。ドアマンに荷物を托し、薄暗いけれど、これまでの世界とはまったく異なる質感の空気に包まれたエントランスホールを潜り抜けエレベーターに乗り込む。ウッディでミラーを多用したその小さな箱には、悪魔のような、ピエロのような怪しげな人形に見下ろされながら41階まで上昇する。照明は上に上がるにしたがって徐々に明るくなっていく。
扉が開くと、そこは外光がさんさんと降り注ぐアトリウム。新鮮な緑の竹林が目に飛び込んでくる。そこからは、新宿副都心の摩天楼を眺め、レストランを横切ったり、見下ろしたり、その次はライブラリーを通り抜け、行き着いたラウンジでコンシェルジュが笑顔を見せる。
パークハイアット東京のステイはこのように始まります。
いまから14年前の1994年、このホテルは開業しました。当初の予定では、オールスイートルームのホテルをつくろうという計画もあったくらい、豪華さを目指したスモールラグジュアリーホテルの出現です。
1994年という年はバブルが崩壊してまもなくのころで、景気がますます下降傾向にあったときでした。また同ホテルは新宿駅から徒歩10分という、決して好立地とはいえないところにあったにもかかわらず、超高単価路線をとったため、業界の識者たちは口をそろえて「パークハイアットは失敗するに違いない」と唱えました。
ところが、その予想は大外れ。駅から遠い立地は、アーティスト、国内外の著名人、洗練を求める層といったメインターゲット以外の客層を遠ざけ、かえってメリットになりました。また、複雑に入り組んで分かりづらい館内は邸宅を想起させ、摩天楼を眺め東京のメトロポリタンを見下ろす眺望はどこかマンハッタンのような異国を連想させ、それまでヨーロピアンクラシックスタイルこそ高級ホテルであると考えていたホテルラヴァースを瞬く間に魅了しました。最上階52階に位置する「ニューヨークグリル&バー」は大開口の窓とガラス張りのオープンキッチン(おそらく始めてのオープンキッチンであり、このあとにできたホテルではどこもこれを真似たオープンキッチンを採用しました)、全員イケメン男性に統一させたサービススタッフなどによって、一気に人々の耳目を集めました。
パークハイアット東京のステイはこのように始まります。
いまから14年前の1994年、このホテルは開業しました。当初の予定では、オールスイートルームのホテルをつくろうという計画もあったくらい、豪華さを目指したスモールラグジュアリーホテルの出現です。
1994年という年はバブルが崩壊してまもなくのころで、景気がますます下降傾向にあったときでした。また同ホテルは新宿駅から徒歩10分という、決して好立地とはいえないところにあったにもかかわらず、超高単価路線をとったため、業界の識者たちは口をそろえて「パークハイアットは失敗するに違いない」と唱えました。

ところが、その予想は大外れ。駅から遠い立地は、アーティスト、国内外の著名人、洗練を求める層といったメインターゲット以外の客層を遠ざけ、かえってメリットになりました。また、複雑に入り組んで分かりづらい館内は邸宅を想起させ、摩天楼を眺め東京のメトロポリタンを見下ろす眺望はどこかマンハッタンのような異国を連想させ、それまでヨーロピアンクラシックスタイルこそ高級ホテルであると考えていたホテルラヴァースを瞬く間に魅了しました。最上階52階に位置する「ニューヨークグリル&バー」は大開口の窓とガラス張りのオープンキッチン(おそらく始めてのオープンキッチンであり、このあとにできたホテルではどこもこれを真似たオープンキッチンを採用しました)、全員イケメン男性に統一させたサービススタッフなどによって、一気に人々の耳目を集めました。





