旅・宿・移住

2007/12/04

ノーガキは判ったわよ。で、家はどうするの。

やっとのことで地元の工務店との契約が決まったった。
しかし、頭のどこかで「決定を急ぎすぎたのではないか」という不安は否定できなかった。様々な交渉を進めていくと旭川東京間にはジェット機で90分以上の長大な時空が横たわっていて、一抹の危惧を感じての出発となった。

さてさて、家である。
私はこれまで二軒の家を建てている。
最初は1975年に30坪の和風の平屋を建てた。これは約1000万円強で出来た。
二軒目は1981年に20坪の2階建て。ボストン郊外をイメージしたコロニアル風住宅を建てた。これも約1000万円で出来た。
この度は2階はロフトで一応建築面積に含まれるものの、建坪はわずか25坪だ。私は母家の上限を設備費抜きで、1500万円に設定した。 しかし、これは越えがたき壁、突破しなければならない関門になりそうだった。さて、どうすれば、どこまで価格を下げられるか、これが家の建築のキモになるようだった。
とりあえず原則を作った。私が書いた手持ちの平面図、立面図、全体の仕様書も1種に決めた。予算は車庫付きで2000万円の範囲。それで可能な限り工務店や会社をあたって見ようと思った。
私たちの家の建て方は、実際のところ変則だ。とりあえずは、竣工後ただちに住む家ではない。別荘というには生活感が濃い。しかも現在東京に住んでいて、北海道に家を建てるのだ。 実態としたら、ここ数年は毎月一度、1週間程度生活する家になるだろう。
いくつかの方法が考えられる。
1 北海道の工務店に設計も工事もすべて依頼する
2 設計監理のみ都内業者に依頼して、工務店は北海道の業者を頼む
3 全国ネットの大企業にすべてを依頼する。

3の方法は住宅展示場の営業の窓口にいくつか行くうち、あきらめた。工費が高いし、実際の工事は地元業者へ下請けに出すのが歴然としていたからだ。
2の方法で行こうと途中からずっと考えていた。というのは私たちが作成した各業者共通の仕様書は、ドアや窓の建具や床材等の部材がほぼ輸入品で占められていたからだ。北海道で一通り聞いてみたが、現地の工務店は私たちの希望する、マーヴィン社の窓とか、バファレン社の玄関ドアとか、ロビン社の床材とか、ウッドグレイン社のバイフォールド・ドアを使用した経験はないようだった。
しかし、東京周辺の会社はそうした実績がある。私たちも休日には、そうした輸入部材を使った住宅を何件も見て回り、その出来映えに感心し、内装も予想を上回って旨く製作できていると思った。
東京では5社ほど見積りしてもらった。北海道まで行って、見積りを挙げてもらった業者も10社ほどある。合計15社ほどから同じ図面、同じ仕様書で見積りをあつめた。
しかし、最後は予算とのかねあいだった。東京周辺の会社に依頼すると、どうしても予定金額を上まわるのだ。一番高いのは2500万、一番安いのが1500万。意外なことにもっとも高い4つの会社は北海道で2社、東京で2社だった。いずれも車庫なしである。
最も多いのが2000万円から2200万円までの6社あまり。どうやら突破口はこのあたりにあるようであった。





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