ノーガキは判ったわよ。で、家はどうするの。
まず、旭川では地元の業者Hへ行った。見積もりが最低だったからだ。次いで訪れたのが、中堅業者のK。この会社は旭川住宅展示場にモデルハウスを持っていた。
ここで言っておくと、ここまで私たちは建築業者に二股をかけなかった。かければかけられたが、あえてしなかった。私にとって、今回の3回目の住宅建設はおそらく最後になるだろう。あせることはない。ひとつひとつ、ゆっくりと処理していこうそんな気持ちだったからだ。こっちの都合で相手を天秤にかけるようなことはしたくなかった。それよりも駄目なら次に行く。それで前の業者のほうが良ければ頭をさげてでも戻るつもりだった。
3番目に訪れたのが旭川に支店をもつYN。この会社も最初の食いつきがよかったが、それまで同様に見積と中身には格差が見られ、契約までには、いたらなかった。
北海道に繰りかえし、行くことはいっこうにかまわない。それでいっそう情報を獲得し、旭川や美瑛に親しみが湧くようになれば、言うことないと思っていた。
しかし、私も勤め人だ。そんなには休めない。二股はかけないと言ったものの、次第に休暇も少なくなり、職場的に取りにくい事情にもなってきた。やむを得ず、つぎの段階では地元業者3社に絞り、最後に残ったのがライフビルドという会社だった。
出会いはとても面白かった。前年の暮れに降った水分を多く含んだ雪の重みで、敷地中の松や楢や白樺が数10本倒れてしまったので、秋の連休に木を切りに行った。 木を玉切りにして、それを一列に積み上げる作業を始めて2日目の午後。白いクラウンに乗った二人連れが、私たちの敷地に入ってきた。一人は坂本(仮名)、もう一人は坂上(仮名)と名乗った。二人は赤の他人なのだが、あとで思い出すと兄弟のように雰囲気がそっくりだった。どういうわけか、私たちがここに家を建てるという話をもう知っていて、とりあえず図面だけでも、もらえないかという。北海道の方々は本当に食いつきはいい。
わたしは図面のコピー一式を渡した。そしたら、そのライフビルド社の坂本社長からの見積りが最も安く、しかも一番早くできあがって千葉の自宅に宅急便で届いた。
最終見積に残ったY工務店は2500万、Dは2200万、ライフビルドは1900万だった。いずれも母屋のみの見積りである。
私たちは金額だけで決定しようと考えてはいなかった。中身も問題だ。しかし、美瑛にいる間、上記の各工務店が施工した家を何軒も見て回った。そうしたら、外見も内装もライフビルド社が一番私たちの生活感に合っていた。ごく普通に施工しているのが良かった。ことさら技巧に走ったり、過度に華美になっていないのもいい印象だった。その場では同意しなかったが、どうやらここに決まりそうな予感がした。
1週間後、ライフビルド社とは、最終的に車庫込みで満足できる金額に落ち着いた。
かくして、やっとのことで工務店は決まった。
しかし、頭のどこかで「決定を急ぎすぎたのではないか」という不安は否定できなかった。様々な交渉を進めていくと旭川東京間にはジェット機で90分以上の長大な時空が横たわっていた。いくら説明してもしきれないもどかしさを感じた。喉の奧に何かが絡んでいるような、一抹の危惧を感じての出発となった。
ここで言っておくと、ここまで私たちは建築業者に二股をかけなかった。かければかけられたが、あえてしなかった。私にとって、今回の3回目の住宅建設はおそらく最後になるだろう。あせることはない。ひとつひとつ、ゆっくりと処理していこうそんな気持ちだったからだ。こっちの都合で相手を天秤にかけるようなことはしたくなかった。それよりも駄目なら次に行く。それで前の業者のほうが良ければ頭をさげてでも戻るつもりだった。
3番目に訪れたのが旭川に支店をもつYN。この会社も最初の食いつきがよかったが、それまで同様に見積と中身には格差が見られ、契約までには、いたらなかった。
北海道に繰りかえし、行くことはいっこうにかまわない。それでいっそう情報を獲得し、旭川や美瑛に親しみが湧くようになれば、言うことないと思っていた。 しかし、私も勤め人だ。そんなには休めない。二股はかけないと言ったものの、次第に休暇も少なくなり、職場的に取りにくい事情にもなってきた。やむを得ず、つぎの段階では地元業者3社に絞り、最後に残ったのがライフビルドという会社だった。
出会いはとても面白かった。前年の暮れに降った水分を多く含んだ雪の重みで、敷地中の松や楢や白樺が数10本倒れてしまったので、秋の連休に木を切りに行った。 木を玉切りにして、それを一列に積み上げる作業を始めて2日目の午後。白いクラウンに乗った二人連れが、私たちの敷地に入ってきた。一人は坂本(仮名)、もう一人は坂上(仮名)と名乗った。二人は赤の他人なのだが、あとで思い出すと兄弟のように雰囲気がそっくりだった。どういうわけか、私たちがここに家を建てるという話をもう知っていて、とりあえず図面だけでも、もらえないかという。北海道の方々は本当に食いつきはいい。
わたしは図面のコピー一式を渡した。そしたら、そのライフビルド社の坂本社長からの見積りが最も安く、しかも一番早くできあがって千葉の自宅に宅急便で届いた。
最終見積に残ったY工務店は2500万、Dは2200万、ライフビルドは1900万だった。いずれも母屋のみの見積りである。

私たちは金額だけで決定しようと考えてはいなかった。中身も問題だ。しかし、美瑛にいる間、上記の各工務店が施工した家を何軒も見て回った。そうしたら、外見も内装もライフビルド社が一番私たちの生活感に合っていた。ごく普通に施工しているのが良かった。ことさら技巧に走ったり、過度に華美になっていないのもいい印象だった。その場では同意しなかったが、どうやらここに決まりそうな予感がした。
1週間後、ライフビルド社とは、最終的に車庫込みで満足できる金額に落ち着いた。
かくして、やっとのことで工務店は決まった。
しかし、頭のどこかで「決定を急ぎすぎたのではないか」という不安は否定できなかった。様々な交渉を進めていくと旭川東京間にはジェット機で90分以上の長大な時空が横たわっていた。いくら説明してもしきれないもどかしさを感じた。喉の奧に何かが絡んでいるような、一抹の危惧を感じての出発となった。





