旅・宿・移住

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2007/11/27

確たるライフ・スタイルがあって、ハジメテの家である。

母屋を敷地内のどの場所に建てるかという問題も約1年かけた。
季節の移り変わりを植物や動物で確かめたかった。敷地内には私が想像する以上の植生が見られた。季節によって様々な色調に展開していった。虫たちの鳴き声や鳥たちのさえずり、ヤマゲラが木をつつく音は予想以上に大きいものだった。
そして、太陽の位置の移動を四季の移ろいの中で確かめたかった。冬と夏では前面の麦畑の様子はまるで異なってみえた。沢の両側の木々の葉の有無で、別物の景色になった。 あの丘では、太陽の位置も意外なほど変化していった。日が昇る場所が半年で旭岳の右から左に移動する。パッチワークの丘に壮大に沈み込んでいくような落日も季節によってポイントを変えた。
最初、地図上で正しく東西南北に配置していた建物は季節により、少しずつ角度を変え、修正され、やや東によった右肩上がりの位置に最終的に落ち着いた。

そういう敷地にそうした配置で、家をまず建てて、私は理想とする英国的な生活を始めようと思った。ただし、この場合の英国的生活というのは、かつて日本人の多くが真似し影響されたアメリカナイズされた生活のようなものではない。たんにそれ風の物があれば、ただそれなりの何かが出来ていれば、いいというライフ・スタイルではない。もっと真摯な、もっと禁欲的な、もっとリアリティのある、実際的で具体的な生活に結びついたものと、私は考えていた。
当たり前だが、私は英国が理想の国だとは思っていない。今の日本の現状に満足出来ないだけだ。
しかし、高度成長する以前の日本の地方の景観は、もう少し環境的にましだったのではないだろうか。もう少し、田園的ではなかったろうか。ここまでコマーシャリズムに犯されてはいなかったのではないか。
私は旅の結論として、英国の田舎にこそ、その具体的な実例があると考えた。つまり、私の次世紀のライフ・スタイルのモデルは英国にこそあると思ったのだ。日本でも決して無理というわけではない。 文化的にも人口規模でも十分可能だ。 地方へいくと町や村は過疎化で悩んでいる。農家は離農問題で深刻だ。
かくして、私たちのの目前には、美瑛の丘が、私たち自身の人生としての庭がひろがっている。夢見た田園への回帰というべき生活は始まりそうだ。釣りと散歩と読書、旨いビールに有機的な美味い粗食。完璧な晴耕雨読的生活。私は出歩くと浪費家だが、在宅ではまるで金のかからない燃費のいい人間だ。そしてできるだけ自給自足が出来れば、言うことなしだ。
隠遁したいのではない。私は回帰し、再生していく後半生を過ごしたい。
これが私たちの目指す生活なのだ。





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