旅・宿・移住

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2007/11/20

美瑛の丘に土地を買った。しかし、それはワケあり爺さんの土地で・・・・・

私は飛行機の右側の窓側に席をとった。飛び立つと夕日に照らされた大雪連峰がその山頂部に、早くも白く雪を放射線状に被って見えていた。眼下の美瑛の丘は文字どおりパッチワークのように連なり、イングランドの田園そのままにみえた。
不意に、さっきまで自由気ままに闊歩していた、あの丘が真下に現れた。
「国道が弧を描いているトコ。ほら、川も見えるだろ。木工所がアレ。あそこだ。あの丘だよ」。「あそこを歩き回ってたんだ? 私たち」
一つの点ではなく、ある面として、あの丘が見えていた。暮れなずむ秋の夕日が作り出す影がアメーバ状に広がって、連なっていくパッチワークの丘に、巨大な鯨か恐竜のようなパターンを織り込んで、広がっていた。
ここで暮らしてみたい、と切に願っている私がその窓際のシートに座っていた。その飛行機の中の一瞬に、私はあの土地の購入を決意したのだった。

1週間後に爺さんから電話がきた。「買う場所は決まったかい」という。「一番奥の千坪がいい」と答えた。
すると爺さんは、二筆全部合わせて、まとめて買ってはどうだい、と提案してきた。
5千円かける4千坪。2千万。そんな金はない。今後は、家を建てるのが条件だから、道路部分も合わせて購入しなければならない。そのためのの資金も必要だ。

私はここぞ、判断した。一気に攻勢をかける時だと判断したのだ。 旭川で調べた不動産の情報を並べ立てた。実情では、美瑛周辺は3千円検討が多く、東神楽の土地は坪2500円だった。また、地元の方が買うときはさらに安いとも聞いていた。
こんなやりとりを電話で一月ほどに渡って、何度かやっていたら、約6千坪の山林全部を買うなら坪あたり当初の半分以下の価格でいいということになった。ただし、道路部分は宅地だし、道路として整備も必要だから、坪二万円は欲しいということだった。
結局山林は全部買うことになった。
いろいろなことを総合的に考えると、一括して購入したほうが、北海道弁でいうところの「あづましいんでないかい(妥当とか、収まりがいいとか、気持ちがいいとか。標準語には適当な言葉がない)」ということになったのだ。 道路部分は6メートルの幅員で分筆し、国道から私たちの土地に接するまでは、爺さんとの共有。私たちはそのうち25パーセントを持ち分所有することになった。

契約は12月になった。またしても私たちはその年6回目の旭川に飛んだ。美瑛の丘には、もう雪が積っていた。契約は旭川で大手の行政事務所で行った。配偶者Aと共有名義の登記簿謄本もできていた。現金もコワゴワ、オソルオソル隠すように持っていった。かくして、正式に美瑛の土地約6000坪は私たちのものになった。
ついに北海道に土地を買ったのだ。当初は500坪で充分と思っていたのだが、手にしたのは、10倍以上だ。しかもロケーションは、理想的な南斜面の、丘の中腹である。
広い場所を必要とするのは、どうやらジャガイモだけでもないようだった。





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