世界を巡った旅の教訓は生きていた。「グローバルに考え、ローカルに行動する」ってやつ。
美瑛の丘に土地を求めて、以来、多くのことを学んだ。例えば、「地球環境に優しく」というお題目のような情緒ではなく、このまま地球の温暖化が進行していけば、この美瑛の丘はどうなるのだろうと、自分の問題として具体的に考えはじめたのだ。
世界中を旅行して、結局、「英国がいいなー、英国的な生活をしてみよう」と美瑛の丘を選択し、土地を購入し、整備し、家を建てた。
私は海外に出る度に、最も強く感じたのは、日本って全然豊かじゃないってことだった。つくづく感じたことはいくつだってあるが、最後に一つだけ挙げれば、日本の住宅事情に関する本質的な貧しさだった。
ここまで、個人的な土地探しの苦労、家造りの大変さについて、私は書いてきたのだが、世界のあちこちの建築事情は大いに異なる。
あちこちというのはスエーデン、デンマーク、ドイツ、スイス、フランス、スペイン、ポルトガル、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド等と言った意味だが、どの国でも人々は少なくとも住宅環境については私たちより、素晴らしく恵まれた生活をしていた。
やはり、一例を出そう。
私たちがオランダ、アムステルダムから50キロ離れたアルクマールという地方都市のビール酒場で会った夫婦のことである。ご主人は消防士、妻は看護婦であった。ふたりの合計収入は、ほぼ当時の私一人の年収と同じだった。あくまでもドル・ベースでの計算だ。 しかし、彼らは毎年4週間の海外旅行。たとえば、ギリシャとかスペインとかへバカンスに出かける。自分たちの持ち家は当然、しかも地方に別荘まで持っていた。そして、週末にはふたりで酒場にでかける。これからコンサートにいくけど、一緒に行かないか、と高らかに笑っていた。これは典型的な一例だ。
なんだかおかしいのではないだろうか。なぜなのだ。と旅を続けるごとに私はいきどおりと混迷を深めていった。
私には経済最優先の我が国の姿勢が、こうした問題の最大の欠点だと思う。
消費は美徳と煽てられ、20年程度で決して安くはなかった家を立て替える。5年周期でクルマを買い換える。テレビに新製品が出ればすぐに買い換えたがる。機能が少し変われば携帯電話を換え、新たなヴァージョンが発売されれば最新鋭のコンピュータに飛びつく。
私の知るかぎり、戦後ほとんどの時代で、ささやかな反省はあるにせよ、こうした消費と廃棄が繰り返されてきたのではないか。大量生産があり、大量販売がある。結果は大量の消費と大量の廃棄だ。その結果として日本全土を覆ったものは大都市集中と毎月の現金収入をあてにした給与所得者優先型の巨大な消費社会だ。
勿論こうしたことは、世界的な問題でもある。であるにせよ、自己に危害が迫ってきたという、今に至って、ことさら環境問題や公害問題を唱えたとしても寒々しいかぎりだ。
いまさら、環境破壊と騒ぎ、石油等の資源問題を憂い、温暖化を嘆き、地球規模の人口問題にたちむかおうとしても遅きに逸しているのではないだろうか。
私は海外に出る度に、最も強く感じたのは、日本って全然豊かじゃないってことだった。つくづく感じたことはいくつだってあるが、最後に一つだけ挙げれば、日本の住宅事情に関する本質的な貧しさだった。ここまで、個人的な土地探しの苦労、家造りの大変さについて、私は書いてきたのだが、世界のあちこちの建築事情は大いに異なる。
あちこちというのはスエーデン、デンマーク、ドイツ、スイス、フランス、スペイン、ポルトガル、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド等と言った意味だが、どの国でも人々は少なくとも住宅環境については私たちより、素晴らしく恵まれた生活をしていた。
やはり、一例を出そう。
私たちがオランダ、アムステルダムから50キロ離れたアルクマールという地方都市のビール酒場で会った夫婦のことである。ご主人は消防士、妻は看護婦であった。ふたりの合計収入は、ほぼ当時の私一人の年収と同じだった。あくまでもドル・ベースでの計算だ。 しかし、彼らは毎年4週間の海外旅行。たとえば、ギリシャとかスペインとかへバカンスに出かける。自分たちの持ち家は当然、しかも地方に別荘まで持っていた。そして、週末にはふたりで酒場にでかける。これからコンサートにいくけど、一緒に行かないか、と高らかに笑っていた。これは典型的な一例だ。
なんだかおかしいのではないだろうか。なぜなのだ。と旅を続けるごとに私はいきどおりと混迷を深めていった。
私には経済最優先の我が国の姿勢が、こうした問題の最大の欠点だと思う。消費は美徳と煽てられ、20年程度で決して安くはなかった家を立て替える。5年周期でクルマを買い換える。テレビに新製品が出ればすぐに買い換えたがる。機能が少し変われば携帯電話を換え、新たなヴァージョンが発売されれば最新鋭のコンピュータに飛びつく。
私の知るかぎり、戦後ほとんどの時代で、ささやかな反省はあるにせよ、こうした消費と廃棄が繰り返されてきたのではないか。大量生産があり、大量販売がある。結果は大量の消費と大量の廃棄だ。その結果として日本全土を覆ったものは大都市集中と毎月の現金収入をあてにした給与所得者優先型の巨大な消費社会だ。
勿論こうしたことは、世界的な問題でもある。であるにせよ、自己に危害が迫ってきたという、今に至って、ことさら環境問題や公害問題を唱えたとしても寒々しいかぎりだ。
いまさら、環境破壊と騒ぎ、石油等の資源問題を憂い、温暖化を嘆き、地球規模の人口問題にたちむかおうとしても遅きに逸しているのではないだろうか。





