ダイクの娘だ。
そこから、話はとんとん拍子だった。
ともあれ、私たちはこの年11回目の北海道に飛んだ。またしても私たちが直接の原因ではない事由によるものだった。
工務店が潰れてしまったショックは計り知れなかったが、私たちが金銭的に破綻した状況ではないことは唯一の救いだった。つまり、私たちは倒産した工務店に前金で500万円払っていた。アメリカから輸入した窓ドア等の部材費も250万円支払っていた。
しかし、車庫は既に完成している。母屋の基礎部分も終っている。柱等の構造材も屋根も施工済みだ。全体として考えると、金銭面では私たちが払った以上の工事は既に終了していたのだった。
たとえバランス的に損はしていないとはいえ、こうした相手方に発生したトラブルでまたしても現地に飛んで、一から次の工務店と交渉しなければならないことが、私には最大の重荷だった。
当然だが、次の工務店がこれまでの施工部分を相殺して中途からの見積りをしてくれるかどうかは全く不明だった。工務店の中途契約の内容や条件はどうなるのだろう。途中まで施工した工事部分は予算的に勘案してもらえるのだろうか。それよりこの真冬の厳しい条件下で引き継いでもらえるものだろうか。
これが私の最大の疑問だった。おそらく大きな工務店は受注しないだろう。残された仕事は外装の一部と内装のすべてだった。設備器具は全く手が付けられてない。小さな工務店なら、冬期間は仕事がないかもしれない。ここまで進行したまま工事の施工を春以降にのばしたら家屋にどんな悪影響が出ないとも限らない。
ヒロ君の彼女のお父さん(以下Sさん)は、上富良野のK工務店で棟梁をやっていた。
棟梁は社長の承認が得られればいい、と建築の続行を快諾してくれた。
混迷絶望の最後の最後に至って、半ば身内とも言えそうな関係から、振り出しに戻るがごとき幸運が待っていてくれた。なんともラッキーなことにSさんは雪解けまでは失業中だったのである。K工務店の仕事は春到来までは予定されていなかった。仕事のない、冬の間という期限と条件付きで、Sさんに私たちの家の継続工事をお願いすることになったのだ。
しかしこれ以上はもう書きたくないが、他にもいろいろ、大小様々なもめ事が連続的に発生した。世の中にあまたある災い全てが私に襲いかかってきたかのようだった(思い出してもオゾマシイ。チャンスがあれば、次作で)。
家は「建てるもの」であり「買うものではない」という信念があるから、ここまでガンバッテきた。そのためには最大限の努力を惜しまなかった。しかし実際私には家は建てられない。
家は完成するまでは、私たちのモノではない、と思い知った。
家は完成して、住んで始めて私たちのモノになるのだ、と実感した。
心身共に低迷の極にあったが、救いは配偶者Aのノンビリとした屈託のなさだった。私の心労をよそに、依然として彼女は遙か彼方の何かに想いを寄せているようだった。
ともあれ、私たちはこの年11回目の北海道に飛んだ。またしても私たちが直接の原因ではない事由によるものだった。

工務店が潰れてしまったショックは計り知れなかったが、私たちが金銭的に破綻した状況ではないことは唯一の救いだった。つまり、私たちは倒産した工務店に前金で500万円払っていた。アメリカから輸入した窓ドア等の部材費も250万円支払っていた。
しかし、車庫は既に完成している。母屋の基礎部分も終っている。柱等の構造材も屋根も施工済みだ。全体として考えると、金銭面では私たちが払った以上の工事は既に終了していたのだった。
たとえバランス的に損はしていないとはいえ、こうした相手方に発生したトラブルでまたしても現地に飛んで、一から次の工務店と交渉しなければならないことが、私には最大の重荷だった。
当然だが、次の工務店がこれまでの施工部分を相殺して中途からの見積りをしてくれるかどうかは全く不明だった。工務店の中途契約の内容や条件はどうなるのだろう。途中まで施工した工事部分は予算的に勘案してもらえるのだろうか。それよりこの真冬の厳しい条件下で引き継いでもらえるものだろうか。
これが私の最大の疑問だった。おそらく大きな工務店は受注しないだろう。残された仕事は外装の一部と内装のすべてだった。設備器具は全く手が付けられてない。小さな工務店なら、冬期間は仕事がないかもしれない。ここまで進行したまま工事の施工を春以降にのばしたら家屋にどんな悪影響が出ないとも限らない。
ヒロ君の彼女のお父さん(以下Sさん)は、上富良野のK工務店で棟梁をやっていた。棟梁は社長の承認が得られればいい、と建築の続行を快諾してくれた。
混迷絶望の最後の最後に至って、半ば身内とも言えそうな関係から、振り出しに戻るがごとき幸運が待っていてくれた。なんともラッキーなことにSさんは雪解けまでは失業中だったのである。K工務店の仕事は春到来までは予定されていなかった。仕事のない、冬の間という期限と条件付きで、Sさんに私たちの家の継続工事をお願いすることになったのだ。
しかしこれ以上はもう書きたくないが、他にもいろいろ、大小様々なもめ事が連続的に発生した。世の中にあまたある災い全てが私に襲いかかってきたかのようだった(思い出してもオゾマシイ。チャンスがあれば、次作で)。
家は「建てるもの」であり「買うものではない」という信念があるから、ここまでガンバッテきた。そのためには最大限の努力を惜しまなかった。しかし実際私には家は建てられない。
家は完成するまでは、私たちのモノではない、と思い知った。
家は完成して、住んで始めて私たちのモノになるのだ、と実感した。
心身共に低迷の極にあったが、救いは配偶者Aのノンビリとした屈託のなさだった。私の心労をよそに、依然として彼女は遙か彼方の何かに想いを寄せているようだった。





