旅・宿・移住

  •  PR  
2008/01/01

トラブルのトドメは、頼みの綱の工務店の倒産だった。

私としたことが翌日は全く仕事に手がつかなかった。相手を責めるというより、自分の認識不足、調査の不徹底、判断の甘さが悔やまれてしょうがなかった。工事そのものはまだ中途半端だ。まもなく現地では雪が降り出し始める。ここまで出来ている家屋の保全は急務だ。どうしたらいいのだろう。依然として未処理が残る金融公庫の事務手続きや、それに伴う土地の分筆、役場への合併浄化槽の申請、水を出すためのボーリング工事等、残された問題は山のように残されていた。しかも、私は今年予定以上に年次休暇を消化しすぎ、もう年内はこれ以上休めそうになかった。
2日目。いろいろ考えようとはするが、頭の中は思考を全く停止したかのようだった。どうしよう、どうしたらいいだろうと考えてはいるが、思いはチジに乱れ、呆然とするばかりで一向に事態は進展しなかった。私はそもそも簡単に凹むような根性はしてない。精神的にも相当タフだと思っていた。だから、神経衰弱とかノイローゼとかには多分一生縁がないだろうと思っていた。
しかし、今回は自分の精神状態が少しずつ奇妙になっていくのが分かった。こいつはいつもとは随分勝手が違うぞ、と頭と体が文句を言い始めた。かれこれ足かけ4年にも及ぶ土地の購入や家の契約を巡る、気の休まることのない様々な交渉の駆け引きや打ち合わせの折り合いに、心底から精神が消耗していたのだった。こんな事態になって始めて気が付いた自分のメンタルな疲労困憊ぶりがやや哀れだった。
3日目になって、行動を始められた。やっと重い腰が上がった。10年前の私なら事件勃発の即日、いや遅くとも翌日には行動に移っていただろう。しかし、私はもう若くはない。老けたという年ではないのは分かっているが、身も心も正直疲れていた。どんなに打たれ強い私でも、ここまでボデイブローが続くとダメージは重なる。決して挫けることの無かった私も、このラウンドがリミットのようだった。土地の購入や家屋の契約を巡る、反則に近いローブローを浴びたのもしばしばだった。ここまで頑張ってきたのだから、テンカウントを聞くのはイヤだし、ギブアップもしたくない。しかし、このファールまがいのパンチは効いた。どうやら精神的にも肉体的にもこの辺が私の限界らしかった。
4日目の朝、いつものようにミニで通勤したら、口元から歌が出ているので驚いた。全く無意識で歌を歌っていた。
・・・イチニチイッポ、ミッカデサンポ・・・





この記事のトラックバックURL: