旅・宿・移住

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2007/12/25

美瑛の丘に住む都会人。

  そうしたなか、季節の山々や高原に目を向けると、高齢者の登山やトレッキングがとても盛んだ。より簡便に自然の中を歩くことを日常の趣味にする方も沢山いらっしゃる。
手に手に、カメラを持った中高年が桜の開花時期や紅葉の盛りには、日本全国至る場所で歩き回っている。人は年齢と共に、やがて自然の中で生活することを好むようにシステム化されているのだろうか。
かつてシティボーイ、シティガールだった、あのおじさんもあのおばさんも今では、アウトドア派まがいのイデタチで闊歩している。
夏休みともなれば、お父さんたちが流行の4駆のクルマに家族を乗せて、北海道中を走り回っている。すべてが「思い出作り」のためとは言えないだろう。パパもママも、少年少女時代の郷愁を子供たちに味合わせたいと念願しているようだ。
ともあれ、あの擬似自然体験キャンプ場での、夥しい数はハンパなものではない。買って間もない、ピカピカのアウトドア用品を広げて、大人たちがハシャイでいるほど、子供たちは喜んでいないようにも思えるけれども。
形はどうあれ、多くの人々が自然と共に暮らしたいと希望しているようだ。ガーデニング・ブームに代表されるように、地方に住んで自然と共存しなくとも、都市生活の一部に自然を取りいれたいという願望はかつてない傾向に違いない。
  いろいろ考え始めたら、いまやこの日本に残っている、自然の分け前はあまりにも少ないのかもしれないと、改めて実感せざるを得ない。また、あえて実例を挙げないが、私たちの生活基盤には、現実の生活と希望する生活との間に決して混ざりあうことのない、乖離したものも横たわっていることも否定できない。
現在日本では、国土面積の半分以上が過疎地であると言う。そして、その過疎地には全人口の7パーセント程しか住んでいないと言われている。
これは実に大変なことだ。 いまや、農業と言わず漁業と言わず、林・鉱業もあれもこれもほぼ皆さんが都市部に住んでいるわけである。戦前には、日本の人口の半数以上は田舎に住んでいたにもかかわらずだ。
これはある意味で日本にもはや「田舎」は無くなったということだ。数字的にも、都市部に住む人口は全人口の8割とも、9割とも報告されているからである。
これらの事実を裏側から見ると、都市部に住む人々の第1世代はそもそも「田舎モノ」ということだ。しかし、いまや彼らに「ふるさと」はもうない。現実に戻る町、帰る村はもうないのだ。
それゆえ、かつての帰省とは異なる形での、「郷愁へと向かう民族大移動」が徐々に静かに深く進行しているのかもしれない。経済的に豊かになったおかげもあるだろう。モノではなくココロに人々の関心が向きはじめたのかも。いや、実態はそんな単純なものではなく、多種多様な格差の進行であり、実体的で本質的な閉塞感のせいなんだろうな。





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