しつこいようですが『大は小を兼ねない』
『大は小を兼ねる』という格言があるが日用品や台所用品など生活用品の場合、重宝する場合もあるにはあるが、衣類や時計などファッション系には適度なサイズが存在し必ずしも『大が小を兼ねる』とはとても思えないのである。
ここ最近の時計は何度か触れているように大きくなりすぎ違和感を感じる要素にもなっている。
何故そこまで大きくならなければならないのか、今迄いろいろな時計を見たり装着してきたのだが、人間の手首の太さや身長から察すれば、ラウンド(円)系の時計であれば38mmから大きくて40mm迄と考えていたし、角型(レクタンギュラー)であれば大きくても縦横36mm迄がバランス的に最適と勝手に思っていた次第である。

ならば何故こんなに大きな時計を最近各メーカーが力を入れ発売したのだろう?個性が問われる個の時代ということであろうか・・・ラウンド、レクタンギュラー共に45mm以上のものも発売されているが、この5mm程の違いが「小さな時計」だからこそ以上に大きく感じるのであり僕たち世代にとっては、以前の時計のサイズが知らず知らずのうちに頭に焼き付いていて異様な大きさとして脳が受け付けないのかもしれない。
僕が、時計に興味を持ち始めた15〜6年前は、各メーカーが時計を如何にコンパクトにするか競われていて、それが各メーカーにとっての前進でもあり誇れる証だったはずであり、世界最小の機械式ムーブとか世界最薄時計とか競っていたのであった。機械の部品1個1個を小さくし薄くし、そして、その中にさまざまな機能を組み込むのがメーカーの課題であったはずである。

ここ数年の時計の大型化は、ファッションの個性が求められ、画一的な物の考え方が通じない風潮にあり、昔であれば、やれアイビーだ、ヨーロピアンだ、ハマトラだ等、皆と同じスタイルをするのが主流であったが、今は人それぞれが主張し始め多様化の時代ともいえる。それが時計にも波及し色々なスタイルの時計が発売され、それがある程度受け入れられているのだ。このような動向は当然の成り行きなのかもしれないし、僕に関係ないことといえばそれまでなのだが釈然としないのも確かである。
雑誌などでよく大会社の専務や御子息が、フェラーリやランボルギーニ、ベンツなどの高級車と共にブランド物の衣服をまとい今時の特デカ時計をし、行きつけのレストランや趣味などを紹介したページがあるが、お金が有り余っているのはいいのだが本当に時計や車が似合っているのは半分もいるだろうか疑問も残る。そう思っているのが僕だけだとしたらたんなる貧乏人の僻みだろう。
いづれにしても、特デカ時計についてはTPOを選ばなければ浮いた存在になることは間違いないので、かなりのファッションセンスが要求されるだろう。
今後、時計の大きさは色々な説があるが、個性の時代と言われ、いかに差別化を図るかが問われている背景を考慮すれば、しばらくは、この流れが続くのであろうと思うのだが、ロレックスを初めとして老舗メーカーは未だに特デカ時計を発売していないのを鑑みると、いずれ最適サイズに落ち着くのではなかろうか?
多くの時計を所有している人は、トレンドに乗ることも良いと思うが、数本しか所有できない僕たちは無難なサイズ (最適サイズ) の時計が飽きることもなく長く付き合うことが可能で、末永く愛され大切にされることだろう。
写真 上が特デカ、下が最適サイズ内 (もう少し大きくてもいいが) の時計を装着してみたものである。

ならば何故こんなに大きな時計を最近各メーカーが力を入れ発売したのだろう?個性が問われる個の時代ということであろうか・・・ラウンド、レクタンギュラー共に45mm以上のものも発売されているが、この5mm程の違いが「小さな時計」だからこそ以上に大きく感じるのであり僕たち世代にとっては、以前の時計のサイズが知らず知らずのうちに頭に焼き付いていて異様な大きさとして脳が受け付けないのかもしれない。
僕が、時計に興味を持ち始めた15〜6年前は、各メーカーが時計を如何にコンパクトにするか競われていて、それが各メーカーにとっての前進でもあり誇れる証だったはずであり、世界最小の機械式ムーブとか世界最薄時計とか競っていたのであった。機械の部品1個1個を小さくし薄くし、そして、その中にさまざまな機能を組み込むのがメーカーの課題であったはずである。

ここ数年の時計の大型化は、ファッションの個性が求められ、画一的な物の考え方が通じない風潮にあり、昔であれば、やれアイビーだ、ヨーロピアンだ、ハマトラだ等、皆と同じスタイルをするのが主流であったが、今は人それぞれが主張し始め多様化の時代ともいえる。それが時計にも波及し色々なスタイルの時計が発売され、それがある程度受け入れられているのだ。このような動向は当然の成り行きなのかもしれないし、僕に関係ないことといえばそれまでなのだが釈然としないのも確かである。
雑誌などでよく大会社の専務や御子息が、フェラーリやランボルギーニ、ベンツなどの高級車と共にブランド物の衣服をまとい今時の特デカ時計をし、行きつけのレストランや趣味などを紹介したページがあるが、お金が有り余っているのはいいのだが本当に時計や車が似合っているのは半分もいるだろうか疑問も残る。そう思っているのが僕だけだとしたらたんなる貧乏人の僻みだろう。
いづれにしても、特デカ時計についてはTPOを選ばなければ浮いた存在になることは間違いないので、かなりのファッションセンスが要求されるだろう。
今後、時計の大きさは色々な説があるが、個性の時代と言われ、いかに差別化を図るかが問われている背景を考慮すれば、しばらくは、この流れが続くのであろうと思うのだが、ロレックスを初めとして老舗メーカーは未だに特デカ時計を発売していないのを鑑みると、いずれ最適サイズに落ち着くのではなかろうか?
多くの時計を所有している人は、トレンドに乗ることも良いと思うが、数本しか所有できない僕たちは無難なサイズ (最適サイズ) の時計が飽きることもなく長く付き合うことが可能で、末永く愛され大切にされることだろう。
写真 上が特デカ、下が最適サイズ内 (もう少し大きくてもいいが) の時計を装着してみたものである。






