その想い、万年筆を使えば、伝わります!?
普段はあまり使わないけど、ここぞ、という時はやっぱり万年筆だね、という人が結構いらっしゃいます。突然ですが、アナタは迷信を信じるほうですか? 縁起を担ぎますか?
合コンやデートの時に、勝負下着に身を包む女性が多いらしい。あるアンケートによれば、勝負下着は、<上下御揃いで、ほつれておらず、色はピンクかブラック、そして補正機能つき>であることが肝心なのだとか。「確かに…」と思いあたる『男の隠れ家』読者諸氏もいるのでは。
素敵な出逢いに恵まれて交際がスタート。いくつものジンクスもなんのその。めでたくゴールインと相成った。愛があれば、365日、いつ結婚式を挙げても同じはずだが、式場の予約は大安から埋まっていく。仏滅の日には料金割引のある式場もあると聞いた。
神道や仏教に加えて、陰陽道や六曜などの民間信仰の考え方が私たちの心の中には深く根ざしていて、デジタル全盛の時代になっても、どこかで、見えない力を信じ、両手を合わせたり、お守り代わりの小物を肌身離さず持っていたりする。
最近の万年筆ブームに関係する面白い話を聞いた。
夜な夜な学習塾へ通って臥薪嘗胆を重ねてきたわが子がいよいよ受験の時期を迎えた。入学願書の中には志望校へ提出する書類が何枚もある。注視してみると、手書きで書き入れなくてはならない項目が並んでいる。あちゃぁ、参ったなぁ…。
使い慣れているのはボールペン。いざ書かんと姿勢を正すのだが、どうも心にかかるものがあって、験(げん)を担ぐアナタの胸中にこんな思いが去来する。
「ボールペンよりも万年筆で書いたほうが良いに違いない。やっぱりここは万年筆を使おう…」
記憶と抽斗(ひきだし)の奥のほうにしまいこんだ万年筆を探し出し、久しぶりにキャップをはずすがインクが出てこない。遠い昔に万年筆とのご縁を切ってしまっていた場合や過去に一度も万年筆を使ったことも所有したこともない場合、ここで、慌てて、1本ご購入ということになるらしい。
私学に勤務している友人に訊いてみると、
「万年筆で書いてあるか、ボールペンで書いてあるかで、合否を決めるなんてありえませんから」
と即答されてしまったのだが、彼は続けて、こうも言ったのであった。
「でも、見栄えのよさや読みやすさは印象に残りますねぇ」
似たような話が、某巨大、広告代理店のお偉いさんと会食した際にも飛び出した。
「就職希望者にはパソコンでエントリーシートを応募してもらうんだけどネ、どうしてもウチに来たいって熱心に手紙を書いてきた応募者がいてネ。ビビッとくるものがあったんで採用してみたら、実に優秀な人材だったヨ。ハハハー」
その熱意あふれる手紙は、万年筆で書かれていたのだ!
種々のペン先。バラエティーに富んだインク。それらの組み合わせによって、ひとりひとり一本一本違う筆跡が無限に生まれ出る。
丁寧に書いた文字はどこか婉然(えんぜん)としている。颯爽と綴った文字にはいつもと違う筆勢がある。思いを込めようとすれば、俄然、文字は太くなる。
<ことばは心の使い>という諺があるが、<万年筆がことばの使い>となった時、ことばに表された心がはっきりと文字に定着し、使い手の心が、相手にしっかりと伝わるのではあるまいか。
信じなくてもいいけれど、万年筆が、切実な思いや気合いを伝えることのできる“魔法の筆”となれば、オンでもオフでも万年筆を持ち歩かない手はない。
写真の皮革製ペンケースは<TAKUYA MADE BY HAND>のもの。新進気鋭の革職人で、大の万年筆好きの岡本拓也さんが、一針一針手縫いで仕上げたものである。
春の訪れ。枝頭がふくらみ始めている。あたたかな陽射しとやわらかな風。万年筆を首から提げて、街に出かけてみませんか。
素敵な出逢いに恵まれて交際がスタート。いくつものジンクスもなんのその。めでたくゴールインと相成った。愛があれば、365日、いつ結婚式を挙げても同じはずだが、式場の予約は大安から埋まっていく。仏滅の日には料金割引のある式場もあると聞いた。
神道や仏教に加えて、陰陽道や六曜などの民間信仰の考え方が私たちの心の中には深く根ざしていて、デジタル全盛の時代になっても、どこかで、見えない力を信じ、両手を合わせたり、お守り代わりの小物を肌身離さず持っていたりする。 最近の万年筆ブームに関係する面白い話を聞いた。
夜な夜な学習塾へ通って臥薪嘗胆を重ねてきたわが子がいよいよ受験の時期を迎えた。入学願書の中には志望校へ提出する書類が何枚もある。注視してみると、手書きで書き入れなくてはならない項目が並んでいる。あちゃぁ、参ったなぁ…。
使い慣れているのはボールペン。いざ書かんと姿勢を正すのだが、どうも心にかかるものがあって、験(げん)を担ぐアナタの胸中にこんな思いが去来する。
「ボールペンよりも万年筆で書いたほうが良いに違いない。やっぱりここは万年筆を使おう…」
記憶と抽斗(ひきだし)の奥のほうにしまいこんだ万年筆を探し出し、久しぶりにキャップをはずすがインクが出てこない。遠い昔に万年筆とのご縁を切ってしまっていた場合や過去に一度も万年筆を使ったことも所有したこともない場合、ここで、慌てて、1本ご購入ということになるらしい。
私学に勤務している友人に訊いてみると、
「万年筆で書いてあるか、ボールペンで書いてあるかで、合否を決めるなんてありえませんから」
と即答されてしまったのだが、彼は続けて、こうも言ったのであった。
「でも、見栄えのよさや読みやすさは印象に残りますねぇ」
似たような話が、某巨大、広告代理店のお偉いさんと会食した際にも飛び出した。
「就職希望者にはパソコンでエントリーシートを応募してもらうんだけどネ、どうしてもウチに来たいって熱心に手紙を書いてきた応募者がいてネ。ビビッとくるものがあったんで採用してみたら、実に優秀な人材だったヨ。ハハハー」
その熱意あふれる手紙は、万年筆で書かれていたのだ!
種々のペン先。バラエティーに富んだインク。それらの組み合わせによって、ひとりひとり一本一本違う筆跡が無限に生まれ出る。 丁寧に書いた文字はどこか婉然(えんぜん)としている。颯爽と綴った文字にはいつもと違う筆勢がある。思いを込めようとすれば、俄然、文字は太くなる。
<ことばは心の使い>という諺があるが、<万年筆がことばの使い>となった時、ことばに表された心がはっきりと文字に定着し、使い手の心が、相手にしっかりと伝わるのではあるまいか。
信じなくてもいいけれど、万年筆が、切実な思いや気合いを伝えることのできる“魔法の筆”となれば、オンでもオフでも万年筆を持ち歩かない手はない。
写真の皮革製ペンケースは<TAKUYA MADE BY HAND>のもの。新進気鋭の革職人で、大の万年筆好きの岡本拓也さんが、一針一針手縫いで仕上げたものである。 春の訪れ。枝頭がふくらみ始めている。あたたかな陽射しとやわらかな風。万年筆を首から提げて、街に出かけてみませんか。





