オトコの定番

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2007/07/10

モンブランの名品「2桁シリーズ」にまつわる物語 その5 レバー式とノック式

 先週のピックスにつづいて今週はボールペンの話。万年筆について書き綴るお約束なんだけど、ここは“箸休め”ということで御勘弁を!

 官製はがきに、ある時期から突然「再生紙はがき」という文字が右下のほうに刷り込まれるようになった。それは「インクジェット用」の年賀はがきが生産されるようになった時期と前後しているように思うのだけれど、「再生紙はがき」になってから、私は官製はがきを一切使わないことにした。

 理由は、万年筆で文字を書こうとするとインクが滲むからである。これは「インクジェット用」の年賀はがきも同様で、インクが滲んで文字がダンゴ虫のようにならないよう計算しながら文字を書くのは至難の業である。使い勝手のよいはがきサイズの紙を買ってきて、季節感あふれる切手を貼って、寸簡のやりとりを愉しんでいる。

 郵政省は、ボールペン用にはがきを改良したのだという話を聞いた。そう言われてみれば、なんとなく書きやすい。しかし、書き上げて仕上がったはがきが、どうみても“作品”のように光り輝くことはなく、伝えたい内容をただ事務的に書き記しただけの“文書”にしか感じられず、一文字一文字をよく見てみると、ボールペンで書いた文字の顔つきを好きにはなれなかった…。







 ボールペンが実用化されたのは1940年代後半のこと。実質的には1950年代に入ってからといってもいいので、まだまだ歴史が浅い。

 腕時計も、カメラも、万年筆も、開発されてから2度の世界大戦を経て、機能と外観を洗練していったという事実はとても興味深いことだが、侵略するか、侵略されるかの興亡のなかで、生きるか死ぬかの瀬戸際を経験した万年筆と、そういった苦難の日々をまったく知らないボールペンとでは、握った瞬間、紙にペンポイントが触れてインクが流れ始める瞬間、勢いよく書き連ねている瞬間、筆記具は筆記具でもまったく違った道具である、ということ実感せざるを得ないのだが、皆さんはどうお感じになるだろうか…。

 ボールペンの思い出といえば、父が證券会社に勤務していたせいで、わが家には「証券用」のボールペンが何本もあった。黒とオレンジ色のツートーンが今でも眼に焼きついている。使い終わったらボディーからちょこんと顔を出している白い小さなボタンを押すと芯は内側に引っ込んだ。細身で細書き。実用本位の筆記具は、味も素っ気もなかった。

 もうひとつ。
 どこで、だれに、どうしてもらったのか覚えていないのだけれど、あれはたしか小学生のときに、アメリカのおみやげだというボールペンを大事にしていたことがあった。ここでいう大事に、というのは、親にもみつからないようにコソコソ隠し持っていた、という意味だ。ボールペンの軸に透明の液体が入っていて、その液体の中に、マリリン・モンローのようなブロンドの女性がお洋服を着てなまめかしく横になっているのだが、ボールペンを上下逆さにすると、彼女のお召し物がすこしずつ消えてなくなっていき、代わりに、彼女のまぶしい裸体が現れてくるのだった。あの脹よかなオッパイが懐かしくて、同じようなボールペンを探したのだけれど、サンフランシスコのスーベニアショップで売っていたのは、ブロンドのかわい娘ちゃんでなくケーブルカーになっていた。






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