胸ポケットに挿したペリカン万年筆のくちばし、玲瓏(れいろう)として…
今春。4月9日月曜日。この日、わが母校、千葉市立稲毛高等学校は、県内初の公立中高一貫校となった。保護者でも、来賓でもない私だったけれど、在校生諸君の前で偉そうに、卒業生として講演をすることが2年ほど続いていて、附属中学校の開校式と高校の入学式を兼ねたスペシャルセレモニーにお呼ばれしたのだった。体育館の後方にある出入口のすぐ脇に職員席が設えられていて、私は、最後部の端に着席させてもらった。そこに坐らせてもらったのには訳があった…。
当時…。
雑誌『ポパイ』は毎号欠かさず読んでいて、そこで取り上げられた、アディダスのスニーカー<スタン・スミス>や<リビエラ>、セイコーの腕時計<シャリオ>や小型の<ダイバーズウォッチ>、プリングルの<シェトランド諸島産ウールのクルーネックセーター>を、母や祖母、父方の祖父に買ってもらっては虚栄心を満たしていた…。
薄日…。
体育館の中にぼんやりと差し込んできた。よみがえる高校時代の思い出。
購入にあたっては、まず、記事を暗記するかのように読み込みスペックやらバックストーリーやらを頭に叩き込んだ。次に取扱店に何度なく電話取材を敢行し、類似商品との違いの説明を受けた。厳選の上の厳選。やっと手にした“宝物”は、靴底が減りに減って穴があくまで履き、ガラス板が擦れて文字盤が読み取れなくなるまで着用し、ほつれた袖口や穴の開いた肘にスエードの革を縫ってもらい着続けたものだった。いずれも今はもう手元には残っていない。
式典が始まる前の静けさ。
あちらこちらで繰り返される咳き込み。
一瞬、春の陽光が体育館のフロアに置いたバッグに降り注いだ。
バッグの中の、2本の万年筆…。
万年筆は素晴らしい。高校時代に手に入れたもので今でも使い続けているのは、万年筆だけ。<モンブラン・マイスターシュテック149>と<「ペリカン400NN」復刻版>。
もっぱら<「ペリカン400NN」復刻版>を学校へ持って行っていた。どこか気恥ずかしくて胸ポケットに挿して登校することはなかったけれど、全校集会で体育館に入場するときだけは、第一ボタンをはめて、ネクタイを締めなおし、ディンプルを整え、内ポケットから胸ポケットにペリカン万年筆を挿しかえたものだった。
古風で小振りで書きやすかったから大のお気に入りだったけれど、心の中ではいつも「ペリカン400NN」のことが気になっていた。自分の持っているペリカンはあくまでも復刻版なのだ。“原型”が存在するのだ。姿かたちも書き心地も違うらしい…。オリジナルとは、いったいどんな万年筆なのだろう。
ペリカン400シリーズには4つの時代があって(写真左から)、「Nなしの時代」(1950年〜56年)→「Nの時代」(56年)→「NNの時代」(56年〜65年)→「NN復刻版の時代」(73年〜78年)と変遷していくが、武骨なフォルムが徐々に流線型の万年筆へと生まれ変わっていった。
ペリカン万年筆のクリップはペリカンのくちばしをデザインしたものだ。生産された時代によって微妙に形状が異なっている。微細な違いをひとつひとつ確かめるのもヴィンテージ万年筆を集める喜びのひとつだろう。
「新入生、入場!」
パッヘルベル作『カノン』の演奏が始まった。
ひと回りもふた回りも大きくあつらえた紺色のジャケットに真白な室内履きで入場してくる405名の新入生たち。伝統を受け継ぐ後輩たち。
万年筆を胸に挿している後輩はいないか!
この席に坐った理由、それは、新入生一人一人の胸元に注目してみたかったのだ。
精粋を集めた、わが学び舎に、玲瓏として、誇らしげな表情をした万年筆のクリップを見つけることはできなかった…。
雑誌『ポパイ』は毎号欠かさず読んでいて、そこで取り上げられた、アディダスのスニーカー<スタン・スミス>や<リビエラ>、セイコーの腕時計<シャリオ>や小型の<ダイバーズウォッチ>、プリングルの<シェトランド諸島産ウールのクルーネックセーター>を、母や祖母、父方の祖父に買ってもらっては虚栄心を満たしていた…。
薄日…。
体育館の中にぼんやりと差し込んできた。よみがえる高校時代の思い出。
購入にあたっては、まず、記事を暗記するかのように読み込みスペックやらバックストーリーやらを頭に叩き込んだ。次に取扱店に何度なく電話取材を敢行し、類似商品との違いの説明を受けた。厳選の上の厳選。やっと手にした“宝物”は、靴底が減りに減って穴があくまで履き、ガラス板が擦れて文字盤が読み取れなくなるまで着用し、ほつれた袖口や穴の開いた肘にスエードの革を縫ってもらい着続けたものだった。いずれも今はもう手元には残っていない。
式典が始まる前の静けさ。
あちらこちらで繰り返される咳き込み。
一瞬、春の陽光が体育館のフロアに置いたバッグに降り注いだ。
バッグの中の、2本の万年筆…。
万年筆は素晴らしい。高校時代に手に入れたもので今でも使い続けているのは、万年筆だけ。<モンブラン・マイスターシュテック149>と<「ペリカン400NN」復刻版>。
もっぱら<「ペリカン400NN」復刻版>を学校へ持って行っていた。どこか気恥ずかしくて胸ポケットに挿して登校することはなかったけれど、全校集会で体育館に入場するときだけは、第一ボタンをはめて、ネクタイを締めなおし、ディンプルを整え、内ポケットから胸ポケットにペリカン万年筆を挿しかえたものだった。
古風で小振りで書きやすかったから大のお気に入りだったけれど、心の中ではいつも「ペリカン400NN」のことが気になっていた。自分の持っているペリカンはあくまでも復刻版なのだ。“原型”が存在するのだ。姿かたちも書き心地も違うらしい…。オリジナルとは、いったいどんな万年筆なのだろう。
ペリカン400シリーズには4つの時代があって(写真左から)、「Nなしの時代」(1950年〜56年)→「Nの時代」(56年)→「NNの時代」(56年〜65年)→「NN復刻版の時代」(73年〜78年)と変遷していくが、武骨なフォルムが徐々に流線型の万年筆へと生まれ変わっていった。
ペリカン万年筆のクリップはペリカンのくちばしをデザインしたものだ。生産された時代によって微妙に形状が異なっている。微細な違いをひとつひとつ確かめるのもヴィンテージ万年筆を集める喜びのひとつだろう。 「新入生、入場!」
パッヘルベル作『カノン』の演奏が始まった。
ひと回りもふた回りも大きくあつらえた紺色のジャケットに真白な室内履きで入場してくる405名の新入生たち。伝統を受け継ぐ後輩たち。
万年筆を胸に挿している後輩はいないか!
この席に坐った理由、それは、新入生一人一人の胸元に注目してみたかったのだ。精粋を集めた、わが学び舎に、玲瓏として、誇らしげな表情をした万年筆のクリップを見つけることはできなかった…。






