古風な人生が憧れだ!そう思わせたペリカン万年筆
寝に就くまでのひととき。おもむろに、インターネットのオークション・サイトに興ずる。まずはebay(イーベイ)。万年筆だけで今日も5526点も出品されている。ヤフオク(ヤフージャパンのオークション)のほうは2000本を少し越えた程度。どちらも、出物に乱舞することがあるけれど、大抵の場合は、出品リストをスクロールするだけで終わるか、目の保養だけで終わってしまう。
蒐集している人にとって、インターネットの出現は、革命といっても過言ではないはずだ。急激に、コレクションの点数が増え、幅が広がったのではないか。仮想空間には無数の万年筆たちが出逢いを求めている。私自身、インターネットをはじめてから、あっという間にヴィンテージ万年筆の本数が増えていった。 万年筆を初めて買ったのは28年前のちょうど今頃だけれど、神田神保町の金ペン堂に新製品が並ぶたびに一本一本買い求めてきたのだった。
小僧のくせに生意気にも常連客ぶって通いつめていると、運良く、憧れの作家、井上ひさし先生と古矢健二店主との万年筆談義に遭遇することがあった。お耳をダンボにしていると、「ペリカン100N」とか「ペリカン400」とか「金キャップのペリカン」とか「原型」とか「昔のウォーターマン」とか「戦前のパーカー」といった言葉が耳に飛び込んできて、ダンボの耳にしっかりと焼きついた。
自分が生まれる前に作られていた、しかし今はもう作られていない万年筆の中に、プロの作家が書く喜びを充分感じながら大量の執筆に耐えうる凄い万年筆があるのだということを知って、ヴィンテージ万年筆に対する思いがどんどんふくらんでいったのであった。
無理を承知でねだっていると、ある夜、閉店間際、「後学のために見ておくか?」と金ペン堂コレクションを見せてくださったのだった。
単行本サイズの、紙製の箱を開けると、中には、透明のセロファンに一本一本しまわれた万年筆が並んでいた。「これが、昔のペリカンだ」と店主が言った。「これが、昔のペリカンなのか…」とため息が出た。 <ヴィンテージ>という言葉は、ワインの出来栄えが極めて素晴らしかった生産年を意味していたが、そこから派生して、「少し前に作られた名品」、「めったに入手することのできない幻の品」という意味になった。
初めて見たペリカン100Nやペリカン400、金キャップのペリカン500NNは、文字通りヴィンテージだった。古めかしくていかにも万年筆らしいスタイル。丸みがあって、気品と優雅さが感じられて、なんとなく懐かしく、温かみがあるのだった。
いつの時代の、どのブランドの、なんという型番の万年筆を<ヴィンテージ万年筆>と称するのかは人それぞれだろう。戦前のウォーターマンやパーカーを挙げる人もいるだろうし、夏目漱石が使っていた大英帝国のオノトを挙げる人もいるだろう。私にとっては、1940年代から60年代に作られたドイツのペリカン万年筆がまずもってヴィンテージ万年筆の代表であり、万年筆を集めていく出発点になった。
憧れのヴィンテージ・ペリカンを求めて、さ迷い歩いた。古いペリカン万年筆はありませんか、と文房具店や古道具を訊いてまわった。祈り、願い、目を皿のようにして20年近く探し続けたけれど、万年筆の神様はインターネットの時代になるまで微笑んではくださらなかった。
現在公開中のハリウッド映画『ホリデイ』の中でケイト・ウインスレットが「古風な人生が憧れよ!」と言うシーンがあるのだけれど、机の上に並べた縞模様の美しいペリカン万年筆を眺めていると、ヴィンテージ万年筆の似合う、古風な人生に憧れていたことを思い出したのだった。 




