憧憬募るヒマラヤン・セーター。傷心癒えるアルパイン・セーター。
30年前に買いそこねた山岳地生まれのセーターを探し歩く僕の前に、クローンのように現れた山セーターは、どっこい、伝統に裏打ちされたもう一つの本物だった。
時は1977年。当時僕は、まだ創刊後間もなかった雑誌「POPEYE」のアシスタント・スタイリストとして、丁稚奉公さながらに、日ごと夜ごと都内のあちらこちらをかけずり回っていた。というのも、その仕事の大半は、ボスがセレクトしたアイテムを取り扱いの代理店やらお店やらから集めて来ることだったからだ。
午前中に編集部を出発し、夜8時ぐらいまで各所を巡るのだが、戻る頃にはワンボックスの黄色いバンは目一杯の荷物になっていた。翌日には、それらの商品を撮影し、次の日には返却する。その繰り返しだ。集めたアイテムのどれもこれもに新鮮な驚きが満ちていて、とにかく、毎日が楽しくてしょうがなかったな。ちなみに、あの黄色いバン。横っ腹に「平凡パンチ」のロゴがあって、「パンチバン」と呼ばれていたっけ。
10日と25日はポパイの日。あの頃は、そんなキャッチフレーズのもと隔週刊というスピードで、「SKIBOY」だとか「Let’s Jog」、「フリーな気分でテニス」といったスポーツものの特集が連発され好評を博していた。その中に、当時のメインストリームとは趣を異にした特集号があった。それが通巻17号にあたる「The Sweater Book」だった。こいつを僕は、バイブル的な存在として、今も机の傍らに控えさせているのだが。大西洋介さんのイラストで描かれたカウチン・セーターをフィーチャーした表紙も目映いこの号は、「セーターをちゃんと着たい」のキャッチコピーに違わぬ珠玉の編集で、どこを読み返してみても良き復習を与えてくれる。ところで、この「The Sweater Book」に我が憧憬の1枚が紹介されている。それは、写真右のグレーのやつ。ヒマラヤン・セーターというやつだ。
このセーターは、オーストリアはシュタイアーマルク州北西部のスキーリゾート、シェラドミングにあったシェラドミンガー社のもので、製品として登場したのは1920年代。ヨーロッパ各国の山岳兵や山岳ガイド、トップクライマーに寵愛され、しばしばヒマラヤ遠征登山にも使用されたことで、ヒマラヤン・セーターの名を持つに至った逸品だ。
ポパイでは、このセーターを冬のマストアイテムと位置づけ、以降もことあるごとにこのセーターを取り上げた。「The Sweater Book」から7年後の通巻187号、「ポパイの役立ち商品学(冬編)」でも、このセーターを必須アイテムとして解説している。かいつまんで特徴をあげてみよう。
まずは、何といっても横使いのメリヤス編みだ。ごく普通のセーターを90度回転させた状態を思い起こしていただきたい。このアイデアは、袖から身頃を一気に編み上げショルダー部分の縫い合わせがない一体化したセーターを生み出す。この形状が、適度にフィットした状態を保ちながら、肩や脇の動きをスムースに行うことを可能にしてくれる。ぎしっと目の詰まったその編み地も独特だ。天然の未脱脂ウールを使うのはアルプスの国ならでは。驚くことでもない。ポイントは編んだ後。セーターは大きめに編んでおいて、こいつを蒸気室で蒸す。さらに冷水を浴びせる。この作業を5回は繰り返し、きっちりと目を縮める。こうして、風も水も簡単には通さないセーターが生まれる訳だ。





