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2008/06/18

【嗜むための十六本目 スペイサイド編 グレンエルギン】

ソフトでスムースな口当たりのモルトは、いつ飲んでも安心して飲める味わいが人気の秘訣。

日本の洋酒市場にもしっかりと根付いているモルトの一つとして、グレンエルギンの日本市場向けボトリングまであるのは有名である。

グレンエルギン蒸留所は、もともとはホワイトホースのメインモルトを造るために作られた蒸留所だ。



当時、グレンファクラスの元所長ウィリアム・シンプソン氏と地元の企業家ジェームズ・カール氏の共同出資よって建設された。

1898年から1900年にかけてのことだった。19世紀に建設されたスペイサイドの蒸留所ではこの蒸留所が最後である。

1959年にトーモア蒸留所ができるまでは、この地域ではまったく蒸留所は建設されていない。
1860年代から80年代にかけてはスコッチウイスキーの黄金時代であった。

なぜなら当時フランスではフィロキセラの害虫によって、葡萄畑が壊滅的な打撃を被り、ブランデー不足に陥った。

時は同じくして鉄道が大発展を遂げ、フランスはブランディの代わりにスコッチに目をつけ、大量輸入をしたことがスコッチの驚異的発展となった。

その後第1次、第2次世界大戦を経て、アメリカの禁酒法時代、世界恐慌の波をもろにうけたスコッチ業界は長い、長い不況の時代を過ごすこととなった。

 1898年はそんな受難の時代の不幸なスタートとなった年である。この年リースに本拠地を置く、パティソンズ社というウイスキー商社の大手企業が倒産し、建設途中のグレンエルギン蒸留所はその余波をまともに受け、予定の建設計画の変更を余儀なくされ、大幅に縮小した。

1902年にはやっとの事で操業できるまでになったが、残念ながら5ヶ月後には倒産してしまった。その後色々な人の手を渡り、1936年DCL社に譲渡され、グレンエルギンの運営ははホワイトホース社があたることになる。





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