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2008/03/05

【嗜むための二本目 スペイサイド編 グレンフィデック】

 今回は世界進出を目指し、人気を得、世界で一番飲まれているシングルモルトウイスキーグレンフィデックを紹介しよう。

 グレンフィデック蒸留所の創業者は、ウィリアム・グラントが長年勤めていたモートラック蒸留所から独立し1887年ダウタウンのはずれにあるフィデック川の袂に、蒸留所を建設した。創業当初のウィリアム・グラントの苦労は大変のものであった。蒸溜器などはカードゥ蒸留所の中古を安い価格で譲ってもらってのスタートだったことが社史に書かれている。

 グレンフィデックの瓶の形がユニークで三角形の形をしている。一度くらいはご覧なった方もいらっしゃるのではないだろうか。

 グレンフィデックはそれまで一部のマニアしかしらなかったシングルモルトウイスキーを
世界に知らしめた立役者でもある。大胆な世界進出戦略を実現出来たのもグレンフィデック蒸留所はスコットランドでも数少ない独立系の蒸留所で、ファミリー経営の柔軟な経営戦略がものをいったと言われている。



 創業当初の小さな蒸留所が生き延びて行くためには、大手のウイスキー会社にブレンド用の原酒を販売するのがもっとも有効な方法だ。グレンフィデック蒸留所もまたこの方法を採用していた。

  第2次大戦後、ウイスキーブームで好景気となると、大手のウイスキー会社の販売競争にグレンフィデック蒸留所も巻き込まれてしまい、傷手を被ることになる。そんな状況下にあるとき、1963年にこのままではやがてそれぞれのウイスキー会社が共倒れになると考え、大手のウイスキー会社にブレンデット用のモルトウイスキーを販売するのをやめ、自らの手でボトリングし、独自の販売網を構築することにした。

 この時代、小規模の蒸留所がシングルモルトウイスキーを自ら瓶詰めし、自ら販売するという考えは全くなかった。当時としては、大英断である。

 この時からグレンフィデック蒸留所は自社のシングルモルトウイスキーを世界に通用するウイスキーを目指したのである。しかしながら多くの同業者はグレンフィデック蒸留所の戦略には冷ややかなのものであった。実際の所、シングルモルトウイスキーはハードの味でイングランド以外の国で売れるとは誰もが思わなかった。





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