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2008/10/25

酒の旅人・街道筋の蔵  北国街道 その3 能登路 能登半島へ輪島を訪ねて

金沢で能登の酒をしこたま堪能して、翌日は輪島に向かう。金沢からはバスが運行されていて便利だ、と聞いていたが、同行の鉄マニア・石川カメラマンがそれを許さない。


金沢駅から七尾線に乗って終点・和倉温泉まで行き、のと鉄道に乗り換えて終着の穴水駅まで。そこから輪島まではバスで行くしかない。輪島まで鉄道が走っていたが、7年前に廃線となった。輪島は一大観光地のはずなのに。利用者としては、鉄道の復活を望みたいが、観光客にはなかなか見えない事情があるのだろうか。

3つの街道が半島を巡る能登路

そんな気分で列車に揺られ、バスの車窓を眺めながら輪島に到着した。
能登路は、能登街道、外浦街道、内浦街道と3つに分かれる。北国街道との追分宿だった津幡を起点にして半島の西海岸沿いを北上し、今浜に至るのが能登街道である。ここから西海岸をさらに北上し、羽咋、富来、輪島、曽々木と回り、半島先端部の寺家までを外浦街道と呼ぶ。一方、内浦街道は寺家を起点に飯田湾、七尾湾沿いのリアス式海岸の道を辿る。穴水、和倉温泉、七尾と抜けて今浜に戻ってくる道だ。外海の波打つ荒磯の外浦街道と比較すると、内浦街道は波静かな穏やかな道中である。

能登半島は日本海側で最も大きな半島だが、平野部がほとんどない。鹿島から羽咋にかけた邑知潟(おうちがた)平野が、細長くわずかに続くだけだ。輪島の北になる白米千枚田(しろよねせんまいだ)は、日本海の波打ち際まで広がる1000枚以上の水田で構成されている。急斜面に広がる棚田の風景は奥能登の名所のひとつでもある。耕作地が少なかった分、製造業、漁業、それに珠洲焼や輪島塗などの工芸が盛んになり、輪島や珠洲の港から北国船、北前船などで全国に運ばれた。





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