酒の旅人 街道筋の蔵 奥州路・石巻街道 その5
古川駅から盛岡駅まで新幹線で向かったが、ゆっくり旅を楽しむなら寄り道をしながらの東北本線を選ぶのもいい。有壁駅から盛岡駅まで1時間40分ほど。この路線は奥州道中にほぼ沿った格好で走っている。
奥州道中は、江戸・日本橋をスタートにして、青森まで、「道の奥の国」を貫いた全長74kmの日本一長い街道である。江戸期、ヤマト朝廷の定めた東国、東山道のさらに奥の道を仙台藩や南部藩が整備し、奥州道中を五街道のひとつとした。松尾芭蕉の「奥の細道」であまりにも有名だが、徳川家や全国各地の大名の使者が往来。江戸中期以降、陸奥から伊勢参りや西国巡礼に、逆に江戸方面から平泉、松島などを訪れる旅人で奥州道中はにぎわっていたようだ。盛岡の手前になる花巻、石鳥谷は南部杜氏のふる里である。現在でも、日本一の杜氏軍団であり、出稼ぎ先は西日本方面まで及ぶ。最近は他県出身の杜氏志望の若者を積極的に受け入れ、杜氏として育成、その彼らが全国に散らばりもしている。酒造資料館も充実していて、興味のある方は一度、立ち寄ってみるといい。
盛岡に入ると、呉服町・さかな肴町・紺屋町といった城下町の風情を今に残す所もある。南部藩20万石を誇り、江戸中期には商家人口1万余、武士は2万人を超した、といわれる。ここにも近江商人が土着し、酒や醤油の醸造業、呉服屋を営み、藩の御用金を負担したといわれるほど繁栄した。




