島根・松江の蔵を訪ねて
島根県松江市に向かった。東京から出発する場合、大半の人は飛行機を利用するが、どうしようもない限り、私は飛行機を利用しない。
出来るだけ列車を使いたい。要は飛行機が苦手である。新幹線で岡山まで行き、特急やぐもに乗っておよそ3時間。合計あわせると何だかんだで7時間ほどの車窓の旅が楽しめる。

これを長いととらえるか、退屈だと感じないでいられるかは、個人の意識の問題である。退屈しのぎのために本などを読む人はきっと退屈するだろう。
私は基本的に列車内では本を読まない。取材する前にどうしても目を通しておかなければ
ならない資料や本は仕方なく読むが、極力手短かに片づける。
では何をしているか、というと、さっと過ぎ去っていく外の風景をボーォッとしながらただただ眺めているだけである。それこそ退屈しないか、と言われるが、これがちっとも退屈しないのだ。
山や川、丘陵地や田んぼ、畑、街中の家並み、田舎のひと塊りになった部落群、小屋のそばに捨てられたテレビや冷蔵庫、果ては自転車に乗った若い母親と子供、そうしたものが目まぐるしく変わっていく。
見事に実った黄金色の稲穂、緑いっぱいの稲は目を楽しませてくれるし、今年の酒造好適米は上々な米になってくれるだろうと想像し、初老の夫婦が仲良く田んぼの畦道を散歩していれば、彼らの暮らしぶりを勝手に描いたりしてしまう。退屈している暇などない。眠くなったら当然、眠る。

これを長いととらえるか、退屈だと感じないでいられるかは、個人の意識の問題である。退屈しのぎのために本などを読む人はきっと退屈するだろう。
私は基本的に列車内では本を読まない。取材する前にどうしても目を通しておかなければ
ならない資料や本は仕方なく読むが、極力手短かに片づける。では何をしているか、というと、さっと過ぎ去っていく外の風景をボーォッとしながらただただ眺めているだけである。それこそ退屈しないか、と言われるが、これがちっとも退屈しないのだ。
山や川、丘陵地や田んぼ、畑、街中の家並み、田舎のひと塊りになった部落群、小屋のそばに捨てられたテレビや冷蔵庫、果ては自転車に乗った若い母親と子供、そうしたものが目まぐるしく変わっていく。
見事に実った黄金色の稲穂、緑いっぱいの稲は目を楽しませてくれるし、今年の酒造好適米は上々な米になってくれるだろうと想像し、初老の夫婦が仲良く田んぼの畦道を散歩していれば、彼らの暮らしぶりを勝手に描いたりしてしまう。退屈している暇などない。眠くなったら当然、眠る。




