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2007/07/18

情熱のコーヒー エルサルバドル

中米のエルサルバドルという国は、北をガテマラ他はホンジュラスと国境を接し、南側の国土は太平洋側に330kmに渡って面します。日本にはあまり馴染みが少ないこの国ですが、中米一小さく、その国土の位置と形から中米のハート(心臓)とも言われます。農業に対する依存度は非常に高く、コーヒー栽培も歴史があり盛んです。

最近では品質向上の取り組みも着実に進歩していて、周辺の中米の国々と同様に国際的なコーヒー品評会:カップオブエクセレンスが行われ、徐々に高品質品の産地としても認知されてきております。

エルサルバドルのコーヒーの特徴とは、、、 などと一口には簡単に言えませんが、さまざまなフレーバーをもち、後味がよく、やわらかい酸味、比較的すっきりしたコーヒーじゃないでしょうか。やや大粒のパカラマ種のコーヒーも栽培され、特徴的な個性的ないい香り・味のコーヒーもあります。

ちょっと前座のコーヒーのうんちく小話PART8
日本にコーヒーが来たのはいつなのでしょうか。コーヒーは17世紀にはヨーロッパ諸国では、盛んに貿易品として取引されていましたから、当然当時交易のあった日本にも着ていたはずです。鎖国をしいていた日本では、長崎の出島に出入りしていたオランダ人によってコーヒーはもたらされたとされます。そして実験台(?)となって最初に口にしたのはおそらくそ彼らと交流があった出島に勤務する人々であっただろうとされます。
また江戸時代の歴史上の有名人がいったコーヒーに関する興味深いコメントは2つあります。
ひとつは風流人として知られる、多彩な芸術家である大田蜀山人です。彼は出島のオランダ船で砂糖入りのコーヒーを出されて『かうひいというものは焦げ臭くて味ふるに堪えず』といって味覚的に当時の日本人には受け入れがたいものだったと思われるコメントを残しています。 また江戸後期に来日したドイツ人医師シーボルトは、『日本人はたいがいの西洋のものをよく取りこみ、順応性があるが、コーヒーをまったく口にしないのは不思議だ』と帰欧後に書いた、日本に関する考察記録の中で述べています。そして日本に正式にコーヒーが輸入されたのは明治時代になってから。
コーヒーは鎖国の時代が終わって、外国の文化・食生活とともに日本人に徐々に広まってゆきました。
これをみても飲み物・食べ物というのは、人間の文化ともっとも関係が深いもののひとつだなと感じがします。たとえばみなさん海外旅行・海外出張にすこし長く行くと、日本食が恋しくなったりすることがありませんか、それはもしかすると体が、すこし異文化に不適応を起こしているからなのかもしれません。

さて今日は中米の最小国、でも中米で一番勤勉といわれる人たちが作るコーヒーについてです。

エルサルバドルの悲劇とこの国のコーヒーの明るい未来
四国と同じ面積に人口は約650万人いて、人口密度は中米一、日本とほぼ同じぐらいの密度です。農業国でありながら、穀物他、食料は自給できず、一部輸入に頼っています。その代わりにコーヒー農園は非常に発達していて、19世紀から続くこの国の主要産業で、国内の農業全生産量の3分の一、輸出総額の5割を占め、世界生産量の1.2%を占めるほど盛んです。
そんなにコーヒーが盛んなエルサルバドルですが、私は正直いって、まれに新聞で記事を見る程度で、ぼんやりしたあいまいなイメージでした。記事を書くためにいろいろ調べてみましたが、19世紀の独立以来、エルサルバドルは中米のほかの隣国にも見られたように、政争・戦争・内乱・独裁等、暗い悲劇的な歴史がありました。
しかし最近は比較的状況も安定し、おちついてきているように見えます。それにつれて国際的な取り組みもあり、生産者もより高い収入につながる品質の高いコーヒーの生産に打ち込めるようになってきました。それは高品質のコーヒーを求めている私たちにも、とてもいいことなのです。





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