神々の領域・チョモランマ(エベレスト)へ
チベット名「チョモランマ」。ネパール名「サガルマータ」。と聞いてもなんの事だか判らない人も多いと思うが、英名「エベレスト」と聞けば世界中の人々が知っている。チョモランマ。標高8848mというケタ違いの高さを誇る、まさしく世界最高峰の山。それがチョモランマだ。
エクストリームアイロニングを行っていく上で、僕は早い段階から1つの目標としてこのチョモランマ登頂を視野に入れてきた。
エクストリームアイロニングの真髄は、山で行う山岳アイロニングに集約されている。世界最高峰であるチョモランマに登り、その頂でアイロン掛けをする事はエクストリームアイロニストなら誰しも夢見る究極の目標なのである。まだ理解の少ないエクストリームアイロニングに、高いモチベーションを持って情熱的に取り組んでいく為には、このような高い目標を持つことがとても重要であると僕は考えた。
実は、エクストリームアイロニングに出会う前からチョモランマ登頂は僕の人生におけるひとつの目標だった。僕は海や川での経験を多く積んできているが、実は山での経験も意外と多い。海外も含めると、冬山でのトレーニングも数多く積んできた。
過去に、海外で左手に深刻な凍傷も経験している。だから冬期登山の怖さや、雪山ならではのハードな魅力も自分なりに十二分に判っているつもりだ。まあ山を経験している人間なら、
誰しも一度はエベレストに登ってみたいと思ったことがあるはずだ。
以前、冒険家の故・植村直己氏が僕の通っていた中学校に呼ばれて講演を行った事があった。当時山などに何の興味もなかった僕が、山そのものに興味を抱くきっかけとなったのがこの講演だった。チョモランマ登頂や北極圏犬ぞり走破の話は、当時の僕には驚きの連続で、そのすべてが胸に突き刺さった。その直後、彼はマッキンリーにて消息を絶ち、現在も行方不明のままだ。
その後、僕は山よりも海や川のスポーツに惹かれ、十代の中盤あたりから波乗りやカヌー中心のアウトドアライフにどっぷりと浸かっていった。山は気が向いたときや、海や川に疲れた時の気晴らし程度に行っていた。
その後、僕は海外で暮らすことになり、そこでロッククライミングや山にも頻繁に出掛け、海・川・山とバランスを取りつつ遊んできた。しばらく住んでいた海外から帰国し、次第に日本での暮らしが安定するにつれ、僕のチョモランマへの想いは次第に減退していった。
しかし、ここにきて消えかけていたチョモランマへの情熱がふつふつと音を立て、激しく再燃しはじめている。そのきっかけは、まさにエクストリームアイロニングとの出会いだった。

僕はラインホルト・メスナーという偉大な登山家から、山登りだけでなく人生においても多大な影響を受けてきた。軽装&無酸素のスタイルにて世界の8000m級の山々の頂を踏んできたメスナー。その精神は、僕の考える山岳エクストリームアイロニングのあるべき姿を思うと、まさに理想なのだ。
己の限界に挑戦し、それを成し遂げる。まさに究極のナルシズム。彼が己に課すハードルの高さはまさに尋常ではないレベルだが、エクストリームアイロニングと限界登山との接点は、まさにここにあると僕は思っている。
頂への行程が厳しければ厳しいほど、その頂でアイロン掛けした時に得る達成感と癒しの効果は増幅する。標高800M台の筑波山でアイロニングをしても相当な達成感を得るのだから、チョモランマの頂でアイロン掛けをする自分を想像しただけで、僕はいつも失禁しそうになるのであった。世界最高峰でのアイロン掛け。そこは、もはや神々の領域なのだ。
僕が今までに行った山岳系アイロニングでの最高到達地点は、日本が誇る富士山の頂、剣が峰でのアイロニングだ。雲海から顔を出す朝日を見ながらアイロニングをしたこの時の心境を、ただ言葉で表すのはとても難しい。
そこでのアイロン掛けはもう理屈ではなかった。最後はただ自然と同化し、そして自然に身を委ねながらアイロンを握り、そして僕はしわを伸ばした。まさに日本最高峰の達成感と癒し。それは現実として認識するのが難しいほどの、ある種の自己陶酔的な超ナルシスティック的世界だったとも言える。

そして富士山頂でアイロニングをしている時も、目を閉じれば、そこはまさにリビングルームでアイロンを掛けているような癒しの心境に陥った。やはり、どんな場所でもアイロン掛けをすると鉄の平常心が持てる事を、僕は富士山頂にて己で実証してみせた。
自然を前にすると人間はいかにも無力だが、僕は少なくてもアイロンがあれば平常心が保て、冷静な自分を保持することが出来る。これは凄い効果じゃないかと、僕はしばし富士山頂にて高まる気持ちを、ゆっくりとしたアイロン掛けによって治めていった。
エクストリームアイロニングの真髄は、山で行う山岳アイロニングに集約されている。世界最高峰であるチョモランマに登り、その頂でアイロン掛けをする事はエクストリームアイロニストなら誰しも夢見る究極の目標なのである。まだ理解の少ないエクストリームアイロニングに、高いモチベーションを持って情熱的に取り組んでいく為には、このような高い目標を持つことがとても重要であると僕は考えた。
実は、エクストリームアイロニングに出会う前からチョモランマ登頂は僕の人生におけるひとつの目標だった。僕は海や川での経験を多く積んできているが、実は山での経験も意外と多い。海外も含めると、冬山でのトレーニングも数多く積んできた。
過去に、海外で左手に深刻な凍傷も経験している。だから冬期登山の怖さや、雪山ならではのハードな魅力も自分なりに十二分に判っているつもりだ。まあ山を経験している人間なら、
誰しも一度はエベレストに登ってみたいと思ったことがあるはずだ。
以前、冒険家の故・植村直己氏が僕の通っていた中学校に呼ばれて講演を行った事があった。当時山などに何の興味もなかった僕が、山そのものに興味を抱くきっかけとなったのがこの講演だった。チョモランマ登頂や北極圏犬ぞり走破の話は、当時の僕には驚きの連続で、そのすべてが胸に突き刺さった。その直後、彼はマッキンリーにて消息を絶ち、現在も行方不明のままだ。
その後、僕は山よりも海や川のスポーツに惹かれ、十代の中盤あたりから波乗りやカヌー中心のアウトドアライフにどっぷりと浸かっていった。山は気が向いたときや、海や川に疲れた時の気晴らし程度に行っていた。
その後、僕は海外で暮らすことになり、そこでロッククライミングや山にも頻繁に出掛け、海・川・山とバランスを取りつつ遊んできた。しばらく住んでいた海外から帰国し、次第に日本での暮らしが安定するにつれ、僕のチョモランマへの想いは次第に減退していった。
しかし、ここにきて消えかけていたチョモランマへの情熱がふつふつと音を立て、激しく再燃しはじめている。そのきっかけは、まさにエクストリームアイロニングとの出会いだった。

僕はラインホルト・メスナーという偉大な登山家から、山登りだけでなく人生においても多大な影響を受けてきた。軽装&無酸素のスタイルにて世界の8000m級の山々の頂を踏んできたメスナー。その精神は、僕の考える山岳エクストリームアイロニングのあるべき姿を思うと、まさに理想なのだ。
己の限界に挑戦し、それを成し遂げる。まさに究極のナルシズム。彼が己に課すハードルの高さはまさに尋常ではないレベルだが、エクストリームアイロニングと限界登山との接点は、まさにここにあると僕は思っている。
頂への行程が厳しければ厳しいほど、その頂でアイロン掛けした時に得る達成感と癒しの効果は増幅する。標高800M台の筑波山でアイロニングをしても相当な達成感を得るのだから、チョモランマの頂でアイロン掛けをする自分を想像しただけで、僕はいつも失禁しそうになるのであった。世界最高峰でのアイロン掛け。そこは、もはや神々の領域なのだ。
僕が今までに行った山岳系アイロニングでの最高到達地点は、日本が誇る富士山の頂、剣が峰でのアイロニングだ。雲海から顔を出す朝日を見ながらアイロニングをしたこの時の心境を、ただ言葉で表すのはとても難しい。
そこでのアイロン掛けはもう理屈ではなかった。最後はただ自然と同化し、そして自然に身を委ねながらアイロンを握り、そして僕はしわを伸ばした。まさに日本最高峰の達成感と癒し。それは現実として認識するのが難しいほどの、ある種の自己陶酔的な超ナルシスティック的世界だったとも言える。

そして富士山頂でアイロニングをしている時も、目を閉じれば、そこはまさにリビングルームでアイロンを掛けているような癒しの心境に陥った。やはり、どんな場所でもアイロン掛けをすると鉄の平常心が持てる事を、僕は富士山頂にて己で実証してみせた。
自然を前にすると人間はいかにも無力だが、僕は少なくてもアイロンがあれば平常心が保て、冷静な自分を保持することが出来る。これは凄い効果じゃないかと、僕はしばし富士山頂にて高まる気持ちを、ゆっくりとしたアイロン掛けによって治めていった。









