桜の下でシワ伸ばし 船上お花見アイロニング
ようやくアイロンが温まり、船上お花見アイロニングが幕を開けた。小鳥のさえずりを聴きながら、揺れる船上にてゆっくりとシワを伸ばす。見上げると、満開の桜が視界いっぱいに入ってくる。アイロンの蒸気に煽られて、ほんのりとした淡い花の香りが辺りを静かに包み込む。視覚、聴覚、そして嗅覚への優しい刺激。それにシワを伸ばす満足感が重なっていく。けっして大げさではなく、癒しの効果はまさに絶大であった。難点を挙げるとすれば、振り返れば、そこには美女ではなく、ニヤつく新井アイロニストがいる、という激しい現実であった。しかも狭いボートに野郎が2人で、である。ボートは地獄だが、見上げるとピンク色の天国が広がっている。地獄から眺める天国。この日、桜が一層美しく感じられたのは必然なのであった。

花見は、桜の花だけを見て終了、という人はまずいないと思う。咲き誇る花を見上げ、そこに集う人たちを感じ、親しい人との話に華を咲かせつつ飲み食いをし、そこにある屋台などを冷やかす。それら全部をひっくるめて春を感じる、というのが花見の本質だと僕は思う。満開の桜に様々な+アルファが加わり、そこで初めてドラマチックな花見となるのだ。しかも桜の下での宴会などを見ていると、花見は皆で飲む為のただの理由付け、といった印象の方々も、実はけっして少なくない気がする。とにかく花見に付随する様々な物事が、花見という存在をより一層引き立てているのは間違いないだろう。
例えば花見をしていて、美味しい屋台を発見したとする。この場合、花見における+アルファのひとつが「美味しい屋台」である。だから僕らアイロニストにとって、花見における最高の+アルファはやはり「アイロン掛け」という事になる。普通のアイロン掛けだけでも癒されるが、そこに山などの様々な自然環境や、各種スポーツなどを組み合わせる事により、時に想像を超えたドラマチックなアイロン掛けが生まれる。桜を見上げながら掛けるアイロンもまた、静かながらもそれなりにドラマチックであった。ようするにエクストリームアイロニングとはそういうものなのだ。


船上お花見アイロニング。これもけっしておふざけでやっている訳ではない。今はまだ手探りしながら、それでもいろいろな状況でのアイロニングを行うことが、この新しいスポーツの未来を築く上では重要なのである。今回も、陸の猥雑さから逃れつつ、都心なのに平静の中で佇むような、どこか清らかなアイロニングを実現する事が出来た。高い癒しも体感した。カップルだらけのハードな状況にも屈せず、僕と胸を張って手漕ぎボートに乗ってくれた新井アイロニストには心から感謝している。男同士の花見もなかなかオツなものだ。
花見アイロニングを終えた今、僕は静かに思う。我々はエクストリームアイロニストである。いつまでも「野点」のような癒し系アイロニングばかりしている訳にはいかないのだ。これからは夏に向けて徐々にハードな方向に向かっていこうと思う。毎週末の筑波山麓山岳トレーニングや、新しい競技系アイロニングにも貪欲にトライしていくのだ。エクストリームアイロニングの真髄は、常に己の限界の向こう側にのみ存在している。もう駄目だ、と思ったところから何が出来るか。それが今年の僕のテーマである。常に僕の体はエクストリームな環境を欲しているのだ。
今回行った「船上お花見アイロニング」に思いを馳せつつ、ここで一句。
「春ボート 男同士で 目に涙」
■お知らせ:3月31日発売の雑誌「AERA」のコラム欄にてエクストリームアイロニングが少し紹介されます。それと雑誌「diaries(ダイアリーズ)」5月号にて、お勧めアイロン紹介のページ下部に少しだけ僕のコメントが紹介される予定です。ぜひチェックを。

花見は、桜の花だけを見て終了、という人はまずいないと思う。咲き誇る花を見上げ、そこに集う人たちを感じ、親しい人との話に華を咲かせつつ飲み食いをし、そこにある屋台などを冷やかす。それら全部をひっくるめて春を感じる、というのが花見の本質だと僕は思う。満開の桜に様々な+アルファが加わり、そこで初めてドラマチックな花見となるのだ。しかも桜の下での宴会などを見ていると、花見は皆で飲む為のただの理由付け、といった印象の方々も、実はけっして少なくない気がする。とにかく花見に付随する様々な物事が、花見という存在をより一層引き立てているのは間違いないだろう。
例えば花見をしていて、美味しい屋台を発見したとする。この場合、花見における+アルファのひとつが「美味しい屋台」である。だから僕らアイロニストにとって、花見における最高の+アルファはやはり「アイロン掛け」という事になる。普通のアイロン掛けだけでも癒されるが、そこに山などの様々な自然環境や、各種スポーツなどを組み合わせる事により、時に想像を超えたドラマチックなアイロン掛けが生まれる。桜を見上げながら掛けるアイロンもまた、静かながらもそれなりにドラマチックであった。ようするにエクストリームアイロニングとはそういうものなのだ。


船上お花見アイロニング。これもけっしておふざけでやっている訳ではない。今はまだ手探りしながら、それでもいろいろな状況でのアイロニングを行うことが、この新しいスポーツの未来を築く上では重要なのである。今回も、陸の猥雑さから逃れつつ、都心なのに平静の中で佇むような、どこか清らかなアイロニングを実現する事が出来た。高い癒しも体感した。カップルだらけのハードな状況にも屈せず、僕と胸を張って手漕ぎボートに乗ってくれた新井アイロニストには心から感謝している。男同士の花見もなかなかオツなものだ。
花見アイロニングを終えた今、僕は静かに思う。我々はエクストリームアイロニストである。いつまでも「野点」のような癒し系アイロニングばかりしている訳にはいかないのだ。これからは夏に向けて徐々にハードな方向に向かっていこうと思う。毎週末の筑波山麓山岳トレーニングや、新しい競技系アイロニングにも貪欲にトライしていくのだ。エクストリームアイロニングの真髄は、常に己の限界の向こう側にのみ存在している。もう駄目だ、と思ったところから何が出来るか。それが今年の僕のテーマである。常に僕の体はエクストリームな環境を欲しているのだ。
今回行った「船上お花見アイロニング」に思いを馳せつつ、ここで一句。
「春ボート 男同士で 目に涙」
■お知らせ:3月31日発売の雑誌「AERA」のコラム欄にてエクストリームアイロニングが少し紹介されます。それと雑誌「diaries(ダイアリーズ)」5月号にて、お勧めアイロン紹介のページ下部に少しだけ僕のコメントが紹介される予定です。ぜひチェックを。








