アウトドア・スポーツ

2008/03/25

冬に別れを EIJ冬山ミーティング in 峰の原高原(長野県)

今回、峰の原高原でのアイロニングは、基本的には長野朝日放送の取材で実現したものだ。だから僕らは禅的心境で静かなアイロニングをしつつ、同時にその場で取材を受けた。同じシチュエーションでアイロニングをしても、掛ける人間それぞれの想いや、そこで掛ける意味などは、どこか微妙に異なる場合が多い。僕がメンバーのインタビューを傍らで聞いていると、彼らからもそれぞれ興味深いコメントが多々あった。そして、それらすべてが僕の心を強く揺さぶった。皆、いろんな思いを抱えてアイロニングをしているのだ。自然の中で行うアイロニングとは、本来そういうものだと僕らは思っている。胸に一物ある時にこそ、僕らはアイロンを手に取るのだ。



10年前、僕は長野五輪のスキー競技・ジャンプ団体を観るために白馬に来ていた。日本中が見守る中、日本代表の原田さんが小ジャンプと大ジャンプをかまし、結果日本が大逆転の金メダルをとった、あの有名なシーン。あれを僕は現場で臨場感たっぷりに見ていた。車で苦労して白馬入りし、吹雪の中、持参した日の丸を振って応援した当時の出来事を思い出しながら、僕は峰の原の山頂で静かにアイロンを掛け続けた。あれからもう10年。ちなみに、これはエクストリームアイロニングの歴史とほぼ同じ年数である。



僕らは久々のメンバー揃ってのアイロニングに酔いしれた。シャツのシワもぐんぐんと伸び、それと時を同じくして、日々の生活でついた僕の心のシワもぐんぐんと伸びていった。今回は自分の脚で登ったわけではないのだが、この雪山でのアイロニングは想像以上に良かったと思う。今回のテーマである「アイロニングでの癒しと自然との融合」、これは十分に果たせたのではないだろうか。

アイロニングでなんともいえない「静」の時間を満喫した僕だが、取材班の勧めもあり、最後に山頂にて「動」のアイロニングの真骨頂であるエアリアルアイロニングを敢行した。同じ事を思い浮かべていても、動と静のアイロニングではまったく違う感覚を得る。僕は跳びながら、かつての長野五輪でのスキージャンプに思いを馳せていた。そしてエアリアルアイロニングを終え、なんだか両膝にアドレナリンを感じながらも、僕らは雪で覆われた峰の原山頂を後にした。こうして僕らは山頂にてこの冬に別れを告げたのであった。



志を共有できる仲間の存在は大きい。今回、大塚アイロニストと金城アイロニストは更に逞しくなった感があった。僕と同じように、彼らにとってのエクストリームアイロニングも、きっと彼らの人生に何かを与えてくれているに違いない。峰の原高原スキー場。この雪山でさえ木々や草花からは少しばかり春を感じるものがあった。これからは、峰の原高原にも季節を問わずちょくちょく訪れてみたいと思う。特に夏、関西で孤軍奮闘している鳥井アイロニストや、普段ソロでの山岳アイロニングに勤しむ堤アイロニストらを連れて来れたらいい。新参の安達アイロニストへの基礎体力トレーニングにもここは適しているだろう。長野でのEIJ的男の隠れ家は、ここ峰の原高原に決まりだ。

僕にとって長野といえば、今も思い出されるのは五輪。スキージャンプも良かったが、あの時はアイスホッケー日本代表も最高の試合を見せてくれた。そして僕は思う。競技としてのエクストリームアイロニングが五輪の正式種目に、または公開競技として認定される日は今後果たして来るのだろうかと。今回のアイロニングは数時間という強行軍であったが、僕はその短い間にも競技アイロニングの未来についていろいろと思いを巡らせていた。スポーツの定義としては、まずは競技の成立という事が大前提になる。家事であるアイロニングを、今よりも更にスポーツとして成立させるためには一体何が必要なのか。今我々には何が足りないのか。峰の原高原にてこの冬に別れを告げ、頭もようやく雪解けしてきた今、僕は少しずつその答えを探っていきたいと思っている。

なぜなら、そこにはシワと共に限りない可能性があるからである。エクストリームアイロニングの未来は、必ずやこの手で蒸し伸ばし取るつもりだ。





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