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2008/01/08

自然に対し今出来ること アイロニングを通して考える自然環境問題

僕らが野外にアイロン掛けを持ち込む上で常に気をつけている事。それは、無謀な試みは行わない、他人に迷惑をかけない、そして自然環境と野生動物へ影響を与えない、という以上の3点である。

誤解されがちだが、僕らが取り組むエクストリームアイロニングの基本フィールドは山や川などの自然環境下だ。いつもユーモア溢れる競技的アイロニングばかりが目立ち、それ故にユーモアな印象だけがひとり歩きしがちなエクストリームアイロニングではあるが、本来そこには競技やユーモア的意味合いは存在しない。自然と上手に向き合う為の手段、それがエクストリームアイロニングの本質だと僕は思っている。

一部の例外を除けば、日本の自然はかなり繊細だ。情緒的な四季の下、繊細な動植物達が限られた自然の中で逞しく暮らしている。地形的に海も山もそう遠くなく、ある意味恵まれた環境がそこにはある。しかし、これまで日本各地で「開発」という名の大義名分がまかり通ってきたおかげで、国内の多くの貴重な自然環境は絶望的なダメージを受け、衝撃的なスピードで衰退してきた。森は切り拓かれ、川はコンクリートで直線になり、海岸線にはコンクリートと消波ブロックの山が築かれた。もちろん中には意味のある工事もあったとは思うが、逆にまったく意味の無い「工事のための工事」も行われてきた事は間違いないだろう。
では、ここで川について考えてみたい。
僕はよく首都圏を流れる川をカヌーで下る。地元ということもあって江戸川を下る事が最も多いが、他に多摩川や荒川、そして一昔前には神田川をも下った事がある。そして川でいつも僕を悩ませるもの。それが川に浮かぶ様々なゴミ達の存在であった。

僕はリバーツーリングにもアイロニングという行為をたまに取り入れているが、いつもペットボトルゴミを拾いながら川を下るので、アイロニングどころではない事も多々ある。ペットボトルなどのプラスチック製品は、時間が経っても自然に浄化されるものではなく、時に野鳥などに致命的な怪我を負わせる原因にもなるやっかいなものだ。ペットボトルを拾うと、ゴミ袋に入れてカヌーの後ろに縛り、浮き袋のようにして持ち帰る。通常、緩やかな川を下りながらのアイロニングは、まさに野点のような感覚を楽しむ、という意味合いを持って行っているが、あまりにも拾うゴミが多いと僕は終始イライラしてしまい、まったくアイロニングをする気になれないのである。江戸川の場合、僕は野田から市川までの約30km弱を下るのだが、その間に拾うペットボトルは、多いときで45ℓの大型ゴミ袋4つ分くらいになるのだ。先日行った渡し舟アイロニング時の船頭さんも、川のゴミの多さについて嘆いていた。
ゴミとしてのぺットボトルは比較的回収しやすい。ゴミ袋をカヌーに連結させて3つ4つ後ろに流しつつ川を下る光景は、河川敷から見たらきっと電車のようであろう。しかし最も僕が頭にくるゴミ、それは縛ったコンビニのビニール袋に入っている弁当の食べ残し+容器の入ったゴミである。どれもご丁寧に袋の取っ手をきつく縛っていて、中に弁当の容器とペットボトルがセットで入っている。川では、これらコンビニ系のゴミが圧倒的に多く、僕はそれらを回収する度に、わが国の国民の民度を疑いたくなるのである。川への心無いポイ捨ては、まさに川に背を向けて生活している都市生活者達ならではの愚かな発想だと言える。

残念ながら、川の環境問題のヤバさに気付いている人は少ない。多くの開発によって無機質化された川と、依然減らない心無いゴミのポイ捨て。今まで後回しにし、しかも簡単に出来る事さえやってこなかった大きなツケは、今の時点ですでにもう回ってきている感がある。川の環境問題は、思いのほか身近な問題なのだ。





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