アウトドア・スポーツ

2008/01/08

自然に対し今出来ること アイロニングを通して考える自然環境問題

では山はどうか。
山も依然ゴミは多い。大掛かりな廃棄物投棄問題から、登山隊が高地に遺してきた多くのゴミ、そして観光客によるポイ捨てまで、それこそ山のゴミ問題は根深い。
僕がホームマウンテンと位置づけている茨城県にある筑波山も、かなり少ないとはいえ登山道にゴミは存在する。残念ながら、観光化された山ほど、そこで目にするゴミの量が多くなるのだ。そしてやはりペットボトルやコンビニ弁当などのゴミが大半を占める。吸殻や、ガムや飴の包み紙などを躊躇なく捨てる人間もまだまだ多いのが実情である。情けない事だ。

僕は山でのエクストリームアイロニング時には下山時にゴミを拾うようにしている。筑波山でのゴミ拾いは既に日常化したが、あそこは通常トレーニングがてら山頂まで2往復はするので、いつも2回目以降の復路時にゴミを拾うようにしている。筑波山はかなり観光化された山だが、ゴミはかなり少ない方ではあるまいか。これは神社と地元の方々の地道な努力あっての効果だと思う。
個人で山に配慮する方法は簡単だ。まずは大勢で山に入らない事。大勢で山に入ると、知らぬ間にそこの自然に大きなインパクトを与えてしまう場合がある。だから基本的には少人数で山に入ったほうがいい。そして大勢で山に入れば、その仲間たちだけで満足し、山から多くを得る機会を失う。本来は単独行が望ましいが、それは個人の山での実力と、その山での季節や環境にもよるので一概にはお勧め出来ない。通常5名程度までが理想的な人数ではあるまいか。

あとは登山道からむやみに外れない事。自然はことのほか繊細だ。踏まれただけでこと切れる植物もある。意外なほど自然環境はモロく乱れやすい。ハイカーで賑わう季節、やはり混雑を避けて登山道から外れたい衝動に駆られる事もある。しかし自然への最大の配慮、それは自然に一切タッチしない事。これに尽きるのである。

そして、当たり前だが自分で出したゴミは必ず持ち帰る。鉄則中の鉄則である。そして余裕があれば登山道や、その近辺にて目に付いたゴミも一緒に持ち帰るのだ。これらはあっけなく簡単に実行できる事だと思う。この程度の配慮でも、山に入る全員が実施すれば、自然環境を取り巻く危機的な状況は、間違いなく劇的に変わるはずだ。

エクストリームアイロニングとは自然環境下にてアイロン掛けを行うものだ。通常そこでアイロン用に熱源を確保するので、そういう意味でも僕らは自然への配慮を最優先に考えて行動する。携帯コンロでアイロンを暖める時は、その場所選びも慎重に行っている。携帯コンロの熱程度では地球温暖化の追い風になっているとは思えないが、自然環境下で火を扱うという責任は思いのほか大きく、いろんな意味で慎重になる必要があると思う。ちなみにアイロン台を置く場所にも僕らは気を使う。山にお邪魔しているという認識を持てぬ者に、山に入る資格はないのだ。
自然界には目に見えないルールがある。僕ら人間は、自分達の都合を優先するあまり、その見えないルールを破ってきた負の経緯がある。しかしようやく自然環境の重要性に気付き始め、国レベルでも配慮するようになってきた昨今ではあるが、そこには依然大きな商業主義が居座り、エコという名のもとに、危機的状況である環境問題を手玉にとって更なる儲けにひた走る企業もけっして少なくない。エコを声高に唱える人の中には、エコについて何も判っていないし、きっと興味もない連中が混じっているとしか僕には思えない。

よって僕らがいつまでも国や企業に頼っていては、環境問題における健全なる前進は無い。自分達で考え、個人レベルで出来る事から地道に、しかし着実に行っていく。自分で考え、自分でその答えを出す事に意味があるのだ。そしてその個の精神が、より多くの人たちに着実に浸透していく事が今後最も重要であると僕は考えている。それがきっと後に企業や国をも動かす原動力となるだろう。現在いくつかのブランドから出ている様々なエコバッグがお洒落アイテムとして認知されているが、環境問題への入り口はそれでもいいと僕は思っている。まあエコバッグを持つ人みんなが店でビニール袋を断っているかといえば、それは大いに疑わしいところだけど。

自分が信念を持って取り組むエクストリームアイロニングを通して、皆に自然環境の重要性を考えてもらえる機会を与えることが出来るなら、こんなに素晴らしい事はない。エクストリームアイロニングは比較的新しいスポーツなので、若干ではあるが依然注目を浴びやすいという利点がある。だから常日頃、豊かな自然環境にお世話になっている我々が、最大限に自然に配慮し、毎回ゴミを拾うという事にも、少しづつ意義が生じてくればいいと僕は思っている。とにかく、それぞれが出来ることからやればいいのだ。きっと僕らが想像している以上に、自然環境を取り巻く様々な問題は相当に深刻で、早急な対応を必要としているのだ。自然を壊すのは簡単だが、元に戻すには年数も金額も天文学的な数字になりかねないのである。

「雑草」という名の植物などこの世には存在しない。
僕ら文明人の自然への配慮の無さは、この言葉から読み取れる気がしてならない。





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