究極の防災グッズEsbit
【中越地震】
2004年、10月23日をぼくは忘れる事はないだろう。
その日ぼくはあるイベントの下準備の為に埼玉のとある工場で作業をしていたんだ。
工場内ではラジオから切ない演歌が流れていたっけ。
仕事も終わりかけた午後6時頃、突然地震が起こり、工場が揺れたんだ。
工場内に居た人全員がどよめき、仕事もそっちのけでラジオの地震情報を待ったよ。
暫くして、ラジオの地震情報が始まり、震源地は新潟県中越地方で、三回目の地震では十日町が震度6と告げられたんだ。
ぼくはビックリした。だって十日町はぼくの生まれ故郷なんだから。オロオロしながら、実家、会社(十日町には会社の営業所があったんだ。)、そしてその営業所で働いているオジ(十日町では弟の事をオジと言うんだ。)の携帯に次々と電話を掛けるものの一向に繋がらず、尋常ではないぼくの雰囲気を察して、工場に居た人達も集まってきて、皆でオジの携帯に電話を掛け続けた。(その人数、12〜3人だったと思う。)
そして、数十分経ってようやくオジの携帯と繋がったんだ。あっというまに切れてしまったけど、とりあえず、おかん、オジ共無事だって事が確認できたんだ。
周りの皆は歓声を上げて喜んだッけ。 ぼくは思った。「人間って素晴らしい〜」
ぼくは会社に戻り、皆に状況を告げ仕事の引き継ぎをして、翌日曜日も朝から会社に出勤し、溜まっていた仕事を処理して、夜になって東京を出発し十日町に向かったんだ。
ここで、ぼくが車に積み込んだ荷物を列記しておこう。
<テント×2><寝袋×2><ガソリンランタン×1><ガスランタン×2><折り畳みイス×2><ホエーブス625><MSR XGK2><オプチマス123><ガスストーブ×2><パーコレータ><ガスカセットコンロ×2><マットレス><マグライト><電池一式><クッカ−一式><ペットボトルの水1ダース><カップスープ大量><即席味噌汁大量><カップ麺><パン><ロッテガーナミルクチョコレート><i-POD ><衣類(防寒用)><キャンプ用テーブル>
細かい物は除くとして大体こんな感じだったと思う。「キャンプに行くのか!」って声が聞こえてきそうだし、実際「キャンプ気分ですね」って心ない事をいう人もいたんだ。「何をー!!」と憤慨したい所だけど、図星だったのは言うまでもない。
だってさァ、被災地(十日町)に着き、被害状況を直視するまでは全く現実感の伴わない事だったから。
関越自動車道から長野方面に進路を変え十日町に着いたのは夜12時を越えていた。心細そうなおかんを、ぼくの車に寝かせとりあえず、その日はぼくも明日に備え眠ったんだ。
翌朝、目が醒めて廻りの状況を見て、ぼくはびっくりしたんだ。
だって、昨晩到着した時は外灯も消えていて暗闇の中だったからね。 家の中はあらゆる物が倒れていて、壁も落ち悲惨な状況だったよ。おじと営業所に行ったけど、こちらも悲惨だった。
ぼくは、家に戻り早速キャンプ用具を広げたんだ。テーブル、イスを設置して
ストーブでお湯を沸かし、インスタント味噌汁を作りおにぎりを食べ、食後はお茶を煎れて飲んだ。
昨日までオロロしていたおかんは、すっかり気が大きくなったのか、キャンプ用イスにドッカリと腰をおろし、道行く人に声を掛けては、熱い味噌汁やお茶を勧めてたっけ。知り合いかと思って聞いてみると、これが殆ど知らない人みたいで、ぼくは行きずりの人達にひたすらお湯を沸かし、味噌汁やスープを作ったんだ。
まったくこれじゃあ大量に買込んだ味噌汁もあっという間に無くなっちゃうよ!
でも困った時はお互い様だもんね。
工場内に居た人全員がどよめき、仕事もそっちのけでラジオの地震情報を待ったよ。
暫くして、ラジオの地震情報が始まり、震源地は新潟県中越地方で、三回目の地震では十日町が震度6と告げられたんだ。
ぼくはビックリした。だって十日町はぼくの生まれ故郷なんだから。オロオロしながら、実家、会社(十日町には会社の営業所があったんだ。)、そしてその営業所で働いているオジ(十日町では弟の事をオジと言うんだ。)の携帯に次々と電話を掛けるものの一向に繋がらず、尋常ではないぼくの雰囲気を察して、工場に居た人達も集まってきて、皆でオジの携帯に電話を掛け続けた。(その人数、12〜3人だったと思う。)
そして、数十分経ってようやくオジの携帯と繋がったんだ。あっというまに切れてしまったけど、とりあえず、おかん、オジ共無事だって事が確認できたんだ。
周りの皆は歓声を上げて喜んだッけ。 ぼくは思った。「人間って素晴らしい〜」
ぼくは会社に戻り、皆に状況を告げ仕事の引き継ぎをして、翌日曜日も朝から会社に出勤し、溜まっていた仕事を処理して、夜になって東京を出発し十日町に向かったんだ。
ここで、ぼくが車に積み込んだ荷物を列記しておこう。
<テント×2><寝袋×2><ガソリンランタン×1><ガスランタン×2><折り畳みイス×2><ホエーブス625><MSR XGK2><オプチマス123><ガスストーブ×2><パーコレータ><ガスカセットコンロ×2><マットレス><マグライト><電池一式><クッカ−一式><ペットボトルの水1ダース><カップスープ大量><即席味噌汁大量><カップ麺><パン><ロッテガーナミルクチョコレート><i-POD ><衣類(防寒用)><キャンプ用テーブル>
細かい物は除くとして大体こんな感じだったと思う。「キャンプに行くのか!」って声が聞こえてきそうだし、実際「キャンプ気分ですね」って心ない事をいう人もいたんだ。「何をー!!」と憤慨したい所だけど、図星だったのは言うまでもない。
だってさァ、被災地(十日町)に着き、被害状況を直視するまでは全く現実感の伴わない事だったから。
関越自動車道から長野方面に進路を変え十日町に着いたのは夜12時を越えていた。心細そうなおかんを、ぼくの車に寝かせとりあえず、その日はぼくも明日に備え眠ったんだ。
翌朝、目が醒めて廻りの状況を見て、ぼくはびっくりしたんだ。だって、昨晩到着した時は外灯も消えていて暗闇の中だったからね。 家の中はあらゆる物が倒れていて、壁も落ち悲惨な状況だったよ。おじと営業所に行ったけど、こちらも悲惨だった。
ぼくは、家に戻り早速キャンプ用具を広げたんだ。テーブル、イスを設置して
ストーブでお湯を沸かし、インスタント味噌汁を作りおにぎりを食べ、食後はお茶を煎れて飲んだ。
昨日までオロロしていたおかんは、すっかり気が大きくなったのか、キャンプ用イスにドッカリと腰をおろし、道行く人に声を掛けては、熱い味噌汁やお茶を勧めてたっけ。知り合いかと思って聞いてみると、これが殆ど知らない人みたいで、ぼくは行きずりの人達にひたすらお湯を沸かし、味噌汁やスープを作ったんだ。
まったくこれじゃあ大量に買込んだ味噌汁もあっという間に無くなっちゃうよ!
でも困った時はお互い様だもんね。





