暮らし

Column Title : 

2007/10/19

今どきの「正しいカラオケ」の形。進化してます。

社会人の皆様は、仕事の付き合いで、プライベートで、カラオケに行くことがあるかと思います。
私も幾度となく仕事カラオケに狩り出された。

仕事カラオケというのは、楽しくもなければ、(思考をゼロにすれば)
まぁつまらなくもなく、ただ帰り道に「ひたすら疲れた!」と自覚する、そんな印象がある。

仕事なのだからリラックスできないのは仕方がないことだし、そもそも楽しむものではない、と思う。
例えば上司や取引先を含む人たちでカラオケに行った場合、いったい誰が心から楽しんでいるのだろう。若い女の子とデュエット(古いか?)するおじ様はいざ知らず、みんなどこかで気をつかってはいないだろうか。

私もやっていましたよ、世代の違う古い(あるいは若い)歌を歌われ、さっぱりわからないままにリズムにあわせて横揺れしてみたり、「わーっ」と無意味な感嘆語を発しつつ拍手してみたり、挙句の果てにはマラカスを振りまくっておりました。

そんな、ザ・接待カラオケは、若人が一度ならず通る道として廃れることはない、と思っていた。
このあいだまでは。

先日、エライ人を含めてのカラオケが久々に執り行われた。
1次会からの流れで、なんとなくカラオケになってしまったのだ。

私が一番好きなカラオケは、当然だが、音楽の趣味があってお互いの歌う歌を知っていること。
気が許せる仲で、踊り叫べること。
これが条件。



相手が歌っているそばからもうひとつのマイクを取り出し、歌を奪うくらいは
しょっちゅうだ。お互い様だから誰も怒らない。
趣味が同じだから、こちらが入れたいと思っている曲を相手も入れてくるのだね、
常にマイクを回しあい、2人以上の絶叫カラオケとなる。


先日のカラオケは、当然そんなメンバーではない。
何をもってか自分からは積極的に曲を入れようとしない上司に対し、
面倒だと思いながらも「何歌いますかぁ?」と曲番号を押さなければならない、
隣の部屋でもきっと行われている、よくある日本のカラオケ風景となるだろうと
思っていた。

ところが、予想に反して実にサラリとしたカラオケだった。
なんというのか、ごくごく自然な、歌いたいから歌いたいものを歌う、
みたいなカラオケ。

誰もが上司に気をつかうことなく(って、これいいのかな?)、わざとらしく上司の好きそうな懐メロを入れることなく、狂ったようにタンバリンを打ち鳴らすものもなく、
淡々と時が過ぎ去っていった。

私は上司の歌う歌がさっぱりわからず、また後輩の歌う歌もさっぱり知らず、あるものはアニソンをひたすら歌い知らないアニメ映像が流れ、それでもみんながみんなとてもリラックスしているという、自然なカラオケだった。










この記事のトラックバックURL:

特集

何も足さない究極の「原音」に触れる 「知名御多出横」
会員登録プレゼント

新着こだわりコラム

野外はドコデモ隠れ家だ

2008/12/04 野外はドコデ… 箱根の峠を…

ほろ酔い蕎麦屋めぐり

2008/12/04 ほろ酔い蕎麦… 市原の蕎麦…

文房具に寄す

2008/12/04 文房具に寄す 手帳選びの…

それいけ!ちょうどいい隊

2008/12/04 それいけ!ち… 寄席はお江…

担当ディレクターの「裏・建もの探訪」

2008/12/03 担当ディレク… 1000回…