「勝手にマイブーム」は万歩計。意外と歩いてないものですよ。
万歩計というものが流行ったのはいつだろうか。私は小学校のころ、担任の男の先生がつけていて「一日一万歩歩くと健康になれるんだぞ」と得意気に言っていたのが、万歩計との最初の出会いだ。
中学生のときには友人がつけ始め、なんとなくブームになって、部活の仲間やクラスメイトと一緒に、つけていたことがあった。
当時は万歩計=健康に気をつける=おばさんくさい、みたいな図式が頭にあり、なんとなく気恥ずかしい思いをしながら、制服のスカートに上着で隠れるようにしてつけていた。
おばさんたちのものだった万歩計はやがて市民権を得て、いまや若者向けのデザインのものや消費カロリーを計算してくれるものなど、様々なタイプが出ている。20年やそこらの間に、より健康というテーマが幅広い世代にのしかかってきた証拠だろうか。
当時はなんとなく友人がつけ始めたから、という理由で真似して、そしてあっという間に飽きたわけだが、小学校のときの先生が言っていた「一日一万歩」というのは意外と大変ということを感じた。
体育や部活がない日(そんな日、滅多になかったが)は、一万歩に届かなかった日があったはずだ。6000〜8000歩だったろうか。自宅から中学校までは15分歩く距離にあるというのに、登下校の道のりでも一万歩を稼ぐことはできなかったというのだ。
近頃、気づいたら一日机に座っていた、と気づく。通勤は電車が運んでくれ、家から駅までの5分と駅から会社までの5分、片道計10分を歩く。会社についたらエレベーター。デスクについてパソコンの電源を入れたかと思うと、歩くのはお昼のときとトイレくらい。
おそろしい。今、万歩計をつけたら2000歩もいかないのではないか。そういえば、電車に乗ろうと階段駆け上がっただけで、しばらく息が切れていたっけ…。
おーい、私よ。あんなに厳しい剣道部の稽古を耐え抜いたじゃないか。夏休みなんて午前も午後も一日中練習したじゃないか。スクワットなんて何百回したかわからない。マラソンで3位になったこともあったじゃないか。持久力と根性だけはあった(でも運動音痴だけど)の私、たった15年やそこらでいなくなっちゃうの?
買いましたよ。万歩計。いったい私は今の生活でどれほど歩いているのだろうか、だた純粋にそれが知りたくて、買いました。普通の腰などにつけるクラシカルなタイプを選んだ。安かったからだ。
昔はもっともっと格好悪いものに見えたけれど、今はコンパクトだし、デザインもいろいろあるのね。東京都リハビリテーション病院の猪飼哲夫先生によれば、健康を維持するには、一日8000歩歩くといい、というので、それを目標にしてみよう。
おばさんたちのものだった万歩計はやがて市民権を得て、いまや若者向けのデザインのものや消費カロリーを計算してくれるものなど、様々なタイプが出ている。20年やそこらの間に、より健康というテーマが幅広い世代にのしかかってきた証拠だろうか。
当時はなんとなく友人がつけ始めたから、という理由で真似して、そしてあっという間に飽きたわけだが、小学校のときの先生が言っていた「一日一万歩」というのは意外と大変ということを感じた。体育や部活がない日(そんな日、滅多になかったが)は、一万歩に届かなかった日があったはずだ。6000〜8000歩だったろうか。自宅から中学校までは15分歩く距離にあるというのに、登下校の道のりでも一万歩を稼ぐことはできなかったというのだ。
近頃、気づいたら一日机に座っていた、と気づく。通勤は電車が運んでくれ、家から駅までの5分と駅から会社までの5分、片道計10分を歩く。会社についたらエレベーター。デスクについてパソコンの電源を入れたかと思うと、歩くのはお昼のときとトイレくらい。
おそろしい。今、万歩計をつけたら2000歩もいかないのではないか。そういえば、電車に乗ろうと階段駆け上がっただけで、しばらく息が切れていたっけ…。
おーい、私よ。あんなに厳しい剣道部の稽古を耐え抜いたじゃないか。夏休みなんて午前も午後も一日中練習したじゃないか。スクワットなんて何百回したかわからない。マラソンで3位になったこともあったじゃないか。持久力と根性だけはあった(でも運動音痴だけど)の私、たった15年やそこらでいなくなっちゃうの?
買いましたよ。万歩計。いったい私は今の生活でどれほど歩いているのだろうか、だた純粋にそれが知りたくて、買いました。普通の腰などにつけるクラシカルなタイプを選んだ。安かったからだ。昔はもっともっと格好悪いものに見えたけれど、今はコンパクトだし、デザインもいろいろあるのね。東京都リハビリテーション病院の猪飼哲夫先生によれば、健康を維持するには、一日8000歩歩くといい、というので、それを目標にしてみよう。





