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2007/11/30

ゼッタイかわいい!本物そっくりのタオルケーキ。プチプレゼントにいかがでしょう。

子どもの頃からケーキを好きになりたかった。
「なりたかった」というのは、つまりあまり好きではなくて、むしろあの甘ったるい生クリームやふわふわしたスポンジが好みに合わず、1ピース食べるのにとても難儀したのを覚えている。
なぜ口に合わないものをわざわざ好きになりたかったのかは、ケーキが女の子の象徴であり、幸せの象徴だと子どもながらにわかっていたからだろう。

ケーキといえばご馳走であり、楽しいものの象徴であった。
そんなハイカラなものが食卓にのぼることが滅多になかった我が家では、丸いホールのケーキが出てくると家族みんながワーッと歓声を上げ、手をたたいたものだ。(って、いつの時代だ?三丁目の夕日かよ、といいたくなるかもしれないが、田舎の私の実家ではそうだったのだ。)

みんなとっても嬉しそうで、早く食べたいと囃し立てるから、そんなみんなと同じになりたくてケーキを好きなふりをしていた。
一緒に手をたたき、実際は箸が進まないものの、がんばって食べていたのである。

そんな長年に渡る演技の賜物か、成長していつの間にか食べられるようになってしまった。

ケーキが好きになりますように、と心から願ったのは確かだが、神様はよりによってその願いを選んで叶えてくださった。今となってはほかの願いを叶えてほしかったと思うが、まぁとにかく、今では1ピースを普通に平らげられるようになった。

それでも、今でもケーキは食べることよりも選んでいるときのほうが100倍楽しい。

デパ地下などで芸術品のように素晴しく手の込んだ美しいケーキたちをガラスケースごしに見ていると、それだけで幸せな気分になれる。
「あぁ、あたしって“ケーキが好きな女の子”なんだわぁ、なんて女の子らしいんだろう」と錯覚できる。

だから私の場合、ケーキを選び、買い、これみよがしに電車に乗って家まで帰る道のり、でイベントは最高潮を迎えてしまうのだ。あとは買ってしまった義務感のみで腹におさめるだけである。

買う瞬間の感動を、味が超えたことは一度もない。
なのに時々ケーキを買いたくなってしまうから不思議だ。







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