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2008/09/21

VIVAカラヤン 祝!生誕100年

さて今回は今年生誕100年を迎えて盛り上がりを見せているカラヤンを取り上げようと思う。皆さんはカラヤンについてどんなイメージを持っておられるであろうか。

昨年のこのブログでカラヤンを少し取り上げたことがある。

ある意味手段を選ばず徹底して最高の音楽再現とそれを実施するための地位を追求したカラヤンの生き方には賛否両論がある。

また生演奏とは別物であるという認識の上での、録音録画という行為におけるカラヤンの姿勢は、他のどの指揮者にもまして積極的であったし、自己の芸術を最高の形で残すことには非常に執念を燃やしていた。

これを自己アピール、自己顕示欲の権化とみるか音楽愛好家へのサービスとみるか、これも見解が分かれるところであろう。

カラヤンがアニフの自宅の地下にソニーの機材を備えてビデオ編集を行っていたという話やソニーの大賀氏の目の前でカラヤンが息を引き取った話など、いかにも記録という行為に熱心だったカラヤンらしい逸話である(写真:カラヤンと日本人)。

しかし、実際カラヤンがどれだけオーディオに熱心だったかという点については、私は多少の疑問を感じている。

自己を記録し残すことには熱心であっても、どれだけその記録を熱心に聴いたことがあるのか、まして他人の演奏のどれだけよい聴き手であったかという点ではカラヤンは十全でなかったようにも思われる。

カラヤンのような俊敏な耳の持ち主からすれば、完成したCDの音などは真剣に聴くにはあまりに頼りないものだったかも知れないし、その音を聴くためのオーディオに投資したり時間を割くなどナンセンスであったかも知れない。

それに、いつも最高の楽器であるベルリン・フィルがそばにいて、自分の思ったように音楽を演奏してくれるわけだから、わざわざオーディオで音楽を聴く必要もなかっただろう。

なぜこんな話をするかというと、以前にも書いたが、これほど記録に熱心だったカラヤンにしては録音がお粗末なCDが結構あるからである。

もちろんそうでないものもあるが、概してデジタル録音以降のものはあまり感心しない。むしろアナログ録音でレコードに残された演奏の方が、ベルリン・フィルの凄さがわかるような気がする。

中でも70年代のカラヤンにはほれぼれとするように磨きぬかれた演奏が多くある。3度目のベートーヴェン交響曲全集、シューマンの交響曲にブラームスのドイツレクイエム、ハイドンの四季、ドビュッシーのペレアスとメリザンドなど。それに新ヴィーン楽派管弦楽曲集も忘れられない(写真)。





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