オープンリールって何?(1)オープンリール入門
これまで我々は便利さ、効率、スピードなどの名のもとに、大切な技術や文化を捨て去ってきたと私は感じている。その一つの例がアナログディスクすなわちレコードである。
通常の装置で聴く限り、CDの音に比べてレコードの音が素晴らしいということは、レコード愛好家の方なら誰でも気付いておられることであるが、このレコードをわずか1-2年で店頭から葬り去り、隠れ家のものにしたのも上記の市場原理に基づくものであろう。
誤解されないように追記すると、私はデジタル録音を否定する人間ではない。
通常のCDのフォーマットによる音がSACDと比べて未完成と言ってもいいようなものだからそう言いたいのである。
例えば音楽喫茶などでいい音を聴く機会もなく、またいい音を聴く装置も普通の店頭にはない今、“聴く”ことについての文化が育つ土壌は皆無と言ってよい。
ピュアオーディオの復権はいばらの道である。
その消えた音の技術そして文化と言ってもよいもう一つの例が、オープンリールデッキそしてオープンリールテープである(写真:当時のカタログ)。
私の年代のオーディオ愛好家なら、2-30年くらい前に、FMfanなどの番組表に線やマークをつけて、オープンデッキでのFMの録音(エアチェック)に勤しんだ思い出がおありになると思う。
私も、かつては録音したオープンテープを多く所有していたが、残念ながら今ではその大半を失ってしまった。
しかし、わずかに残ったオープンテープを改めて聴いてみて、その情報量の多さに改めて感心した。
確かにデッキも大きいしテープも大きい。またテープをデッキにセットする操作はやや煩雑で、これがカセットに取って代わられて、さらにMDに、そしてiPodに至っている流れは、便利さと効率を重んじる今の世の中では当然の成り行きとも感じられる。
しかし、このオープンデッキの重厚長大さ(写真)、そしてオープンテープから再生される音の密度の濃さとパワーはどうであろう!
このようにズシン!と体に響くような音楽は、適切な例えかどうかはわからないが、惜しくも亡くなった国宝級老巨匠指揮者 朝比奈隆の芸術に通じるところがあるように思った。
誤解されないように追記すると、私はデジタル録音を否定する人間ではない。
通常のCDのフォーマットによる音がSACDと比べて未完成と言ってもいいようなものだからそう言いたいのである。
例えば音楽喫茶などでいい音を聴く機会もなく、またいい音を聴く装置も普通の店頭にはない今、“聴く”ことについての文化が育つ土壌は皆無と言ってよい。
ピュアオーディオの復権はいばらの道である。
その消えた音の技術そして文化と言ってもよいもう一つの例が、オープンリールデッキそしてオープンリールテープである(写真:当時のカタログ)。
私の年代のオーディオ愛好家なら、2-30年くらい前に、FMfanなどの番組表に線やマークをつけて、オープンデッキでのFMの録音(エアチェック)に勤しんだ思い出がおありになると思う。私も、かつては録音したオープンテープを多く所有していたが、残念ながら今ではその大半を失ってしまった。
しかし、わずかに残ったオープンテープを改めて聴いてみて、その情報量の多さに改めて感心した。
確かにデッキも大きいしテープも大きい。またテープをデッキにセットする操作はやや煩雑で、これがカセットに取って代わられて、さらにMDに、そしてiPodに至っている流れは、便利さと効率を重んじる今の世の中では当然の成り行きとも感じられる。
しかし、このオープンデッキの重厚長大さ(写真)、そしてオープンテープから再生される音の密度の濃さとパワーはどうであろう!このようにズシン!と体に響くような音楽は、適切な例えかどうかはわからないが、惜しくも亡くなった国宝級老巨匠指揮者 朝比奈隆の芸術に通じるところがあるように思った。





