深遠な中国バラへの入り口
庭のバラたちが次々に蕾をつける。以前のコラムにも書いたが、植物は季節を昼夜の長さで認識している。今は、バラにとってはもう秋なのだろう。しかし、まだ気温が高いために、蕾が未熟なまま開花してしまう。こんなところにも地球温暖化の影響が表れて、少しずつ生態系のリズムを崩している。
一方で、夏休みだ。水やりのために、比較的早く起きてはいるが、午後は特にすることもないので、昼間からビールを飲んで、そのまま眠くなり昼寝をして、夜はオリンピックをテレビで観戦すると、一日が異様に短い。あっという間に終わってしまいそうだ。オリンピックを見ていると、表彰式でメダルとともにブーケが手渡されているのが見える。ウチの奥さんによると、使われているのは、赤いバラと、たぶんベロニカ(トラノオ)、ホスタ(ギボウシ)、ミリオン・グラスではないかとのこと。よく首脳会談や、国際会議の場面で、テーブルフラワーが画面の中に見えることがある。そのセンスが、文化の成熟度を表しているように思えてならない。今回の中国のブーケはどうだろうか。バラは、やはり赤しか使えないのだろうな。
中国でもバラは古くから愛されていた。
憶東山 −東山を憶(おも)ふ− 白居易
不向東山久 東山に向かはざること久し
薔薇幾度花 薔薇(しやうび)幾度か花さく
白雲他自散 白雲他(かれ)は自ら散ず
名月落誰家 名月誰(た)が家にか落つ
これは、「薔薇」を詠んだ詩として特に有名なもの。白居易(白楽天)は、中唐の詩人で846年没だから、日本の平安時代にはその詩が伝えられて、当時の日本の文学に多大な影響を与えたとされている。また、当時日本で編纂された「和漢朗詠集」の中に入れられた白居易の一篇にもバラが登場し、「枕草子」や「源氏物語」に影響を与えている。
甕頭竹葉経春熟 甕(もたひ)の頭(ほとり)の竹葉(ちくえふ)は春を経て熟す
階底薔薇入夏開 階(はし)の底(もと)の薔薇(しやうび)は夏に入りて開く
『和漢朗詠集』147白居易
この詩のおかげで、日本の文学では、バラといえば、階段の下に咲いているというのがスタンダードな表現になってしまった。ということは、当時の中国にも、日本にもバラが咲いていたことになる。





