八月は残酷な月
いよいよ八月だ。大げさなタイトルをつけてしまったけれど、さほど意味がない。レイ・ブラッドベリの小説のタイトルにありそうだと思ってつけただけ。でも、違ったようだ。とにかく暑いのだけれど、庭は、水やり、花柄摘み、薬剤散布と休んではいられない。何かに元気をもらっているといういい方があるとしたら、バラのパワーというのはすごいものだろう。ただ、庭のバラの花はようやく夏休みに入ったようだ。
四季咲きのバラが咲くというのは、おかしな原理に基づいていると思う。本来なら、一度開花して、受粉し、実を結べば、その株は安泰で、あとは春までのんびりと開花を待てばいいはずである。ところが、次の花をすぐに開いて、また受粉したがる。これは、バラがそのように好色(?)なのではなくて、むしろ死の恐怖に煽られているからではないだろうか。バラがそのようなストレスを感じるのは、剪定であり、摘蕾ということになる。花をつけたと思ったら切られてしまったというその刺激で、今花を咲かせないともう次のチャンスはないかもしれないと、是が非でも花を咲かせたがるのである。ところが、その蕾も摘み取られてしまって、バラはますます確実に受粉できるように、大きな花を咲かせようとする。開花と受粉が植物の性行動だと思うと、これはとても残酷なことをしているのではないだろうか。
ただ、この時期に、弱った株、未熟な株が、必死で開花してしまうと、本当に昇天してしまうことがあるのも事実で、蕾を摘もうとする。しかし、これには育てる人間のポリシーによって変わるところがある。ウチの奥さんは、摘蕾なんかしないで、咲かせてあげる派だ。そんな可哀想なことをしなくても、バラはちゃんと咲く花を調整して、簡単に死ぬようなことはないと思っているらしい。だから、勝手に蕾を取ってしまうと怒る。ひとつの庭に二人のガーデナーがいると、話がややこしい。
もっとも、元気な株のバラを摘蕾してしまうと、さらにまたバラもがんばってしまうので、そのまま咲かせてやった方がいいのかなと思うこともある。特にイングリッシュ・ローズは順調に育っている限り、咲かせてもその後にさしたる影響はない。わが家の庭では、エブリンがやたらと元気で、どんどん大きくなる。ウチの奥さんが、エブリンはつるバラであると宣言して誘引してしまったため、さらに横に向かって伸びている。たしかにイングリッシュ・ローズは、扱い方によってつるバラになるものもあるが、エブリンはどうだったか? ウチの奥さんによれば、「何だって同じよ」ということになっている。





