白いユリ、青いバラの孤独
早朝、雨が降っていた。それで今日はお休みとまた寝てしまったら、雨が上がっていた。梅雨時はこのような時間が貴重なので何かを撒かなければと思ったのだが、やはり起きられなかった。こういう時は、虫さんたちにも貴重な時間なので活動が活発化する。後悔しなければいいが。しかし、この湿気と暑さでは、午後からではつらいだろうな。
返り咲きのバラがまた咲き始めている。最盛期の勢いはないが、濃い緑の中で鮮やかな色彩が点々として映える。奥さんのユリも咲き出した。ユリは同じ高さでいっぺんに咲くので、一挙に庭が白い色に占領された感じになる。すごい迫力だ。どうも、ユリを見ると、クリスマスの幼稚園の『聖劇』を思い出してしまう。だいたい毎年、一番賢い女の子が『お告げの天使さま』(ガブリエル)という役をやって、「マリアや、マリア……」と受胎告知。その時の小道具がユリの花だ。この時のヨゼフほど、所在のない夫の役はない。そのせいか
、なんかユリを見ると、責められているような妄想に囚われてしまう。白いユリは、イエス・キリストと聖母マリアの象徴。だから、キリスト教では最高位の花になる。伝説では、イヴがエデンの園を追われた時に、彼女の涙が地に落ちて、そこからユリが生えたということになっているそうだ。フランスの王家の紋章も剣のような形をしているが、金色のユリの花だ。
どうもこのような高貴な花がずらっと並んで咲いていると、畏れ多い。聖母マリアが亡くなって埋葬され、3日後、人々がそこに行ってみる
と、墓は消えていて、ユリとバラだけが残っていたというマリアの復活伝説もある。バラが付け加えられたようにあるのが面白い。(花の西洋史事典)そこで、「白い花弁は、マリアの身体を、雄シベの黄色い葯は、彼女の魂を意味する」などといわれると、ウチの庭にあってもいいのかと思う。ユリの記録は古く、紀元前3000年からあって、クレタの壷にも描かれている。英語で白いユリは「マドンナ・リリー」と呼ばれるが、これはだいぶ後に命名されたようだ。
花の歴史でずっと昔にまで行ってしまったので、新しい方のバラの話を書いておきたい。対比的に、古代では絶対に無かった種類のバラの話だ。








