英国のバラについて考える
いよいよ3月。発注したバラは届いただろうか。赤い芽がますます大きくなって、早いものは葉に変わり始めている。ということは、いよいよ今シーズンの虫との闘いが開幕ということなので、虫にも病気にも効くタイプの防虫殺菌剤(例えばベニカXなど)を用意しておくといい。さらに、1000倍の木酢液を週に1回、噴霧器でシュシュッと振りかける。これを習慣にしたい。私は、基本的に減農薬派で、木酢液の効果も大いに認めるものであるが、薬剤の使用をまったく拒むつもりはない。虫も病気も一度発生してしまうと、木酢液だけでは対処できないからだ。
さて、イングリッシュ・ローズの話をしたので、さらに英国のバラについて話してみたい。そもそも、英国の正式な国名は「グレート・ブリテン北アイルランド連合王国」という。この連合王国というのがややこしいのだが、つまり、いくつかの国が集まっているということになる。右がこの国の国家紋章だ。たしか、バッキンガム宮殿の門に付いていたと思う。よく見ると、下の方の文字が書いてあるリボンの上にマスコットのような植物が3種類並んでいるのがわかるだろうか。順に、アザミ、バラ、シャムロック(クローバー・シロツメクサの類)。これはそれぞれの国の国花で、スコットランド、イングランド、アイルランドを表している。
問題はイングランドのバラである。赤いバラの中に白いバラがある不思議な覆輪のバラだ。これはチューダー・ローズと呼ばれている。ところがこのバラ、残念ながら実在のバラではない。そもそもの由来は15世紀の「薔薇戦争(Wars of the roses)」にまでさかのぼる。英国の歴史は、王家のお家争いの歴史である。薔薇戦争も、同じプランタジネットの血筋であるヘンリー6世と、ヨーク公リチャードの王位をめぐる争いから1455年に始まる。その後、この戦争は血みどろの様相を呈しながら30年間も続き、フランスに亡命していた次世代のランカスター家の支流、ヘンリー・チューダーが勝利を収め、ヨーク家のエドワード4世の娘エリザベスと結婚し、ヘンリー7世として即位することで終結する。この頃に
は長年の戦争により、貴族という貴族がみな疲弊してしまい、英国内では戦争を継続できる勢力がいなくなっていたという。ここで成立したのがチューダー王朝で、ランカスター家の赤いバラ「ランカシャー・ローズ」とヨーク家の白バラ「ヨークシャー・ローズ」の二つの紋章を重ね合わせ、紅白のバラを紋章とした。これがチューダー・ローズとなって、現在まで伝えられている。
この戦争、名前から思い起こされるようなロマンチックな事態ではなかったようだ。もっとも、この「薔薇戦争」という名は、シェークスピアの初期の戯曲「ヘンリー6世」がもとになって後年名付けられたという説がある。二つのバラは、シュエークスピア一流の演出であったのだろうか。





