趣味

2008/02/17

星空への招待(3)おうし座の魅力—かに星雲とプレアデス星団—

さて今回も2月の星座の話を続けましょう。
おうし座はオリオン座と並んで冬の星空を華やかに彩ってくれる星座です。一等星アルデバランをはじめ、プレアデス星団とヒアデス星団という肉眼でも見える2つの有名な散開星団を含み、さらに現代の天文学にとっても重要な研究対象であるメシエ1(M1)のかに星雲(タイトル写真)を含んでいるからですが、かに星雲のもとになった超新星爆発の記録が西洋ではなくて日本の文献にあるというのは驚くべきことですね。

この記録を残した藤原定家(1162-1241)は、平安時代末期から鎌倉時代初頭を生きた大歌人で、新古今和歌集などの勅撰集の選者であると同時に、一般に親しまれている小倉百人一首の編者でもあります。

有名な日記「明月記」(写真左:国書刊行会本、原文、右:作家、堀田善衛の抄録本)は彼の18才から74才まで実に56年間に渡って書き続けられ、当時の生活や出来事の貴重な記録となっています。

この明月記には多くの天体現象に関する記述があり、天文学的にも貴重な歴史的資料とされていますが、その中の寛喜2年11月8日の記述に前回御紹介した文章があるのですが、この日、定家はこれを含めて過去の客星の例を8件まとめて書いています(写真:原文の該当部分)。


これは、その少し前に客星が現れた際に、その事例に興味を持った定家が過去の記録を陰陽師の安倍泰俊(安倍晴明の6代子孫)に調べさせて書いたものと言われています。

またこの記事を英語で紹介したことで、明月記は超新星爆発の歴史上の事実を証明した例として海外でも有名になりました。

オランダの天文学者JHオールトはこの英訳をよく検討し、天喜2年4月の客星をかに星雲で爆発した超新星と断定した論文を1942年に発表したのです。この明月記の自筆本(国宝)は京都冷泉家時雨亭に伝えられていますが、オールトは昭和62 年に京都を訪れた際に時雨亭を訪問し、この自筆本を閲覧したことが記録に残っています。

なおその後、中国の記録、宋史天文志の客星の項にもこのかに星雲のもとになった超新星爆発の記述があることがわかり、明月記の4月の記載は5月の誤りであろうと考えられています。
前回御紹介した記述は現代語では「天喜2年(1054)の5月11日から20日の間の夜中に客星がオリオン座(觜・参)の東に見えた。 天関星(おうし座ζ星)付近で、大きさは歳星(木星)ほどだった」ということになるようですが、觜・参は当時の星座名で、觜はオリオン座の頭の付近の3つの星、参はオリオン座の三つ星を中心とした四角の部分を指すそうです。





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